「戦争は二度としてはいけない」

今日から8月。被爆地ヒロシマ、ナガサキは、65年目の夏を迎える。昨日、NHKはハイビジョン特集 「日本のいちばん長い夏」を放送した。昭和38年、「文藝春秋」が終戦を語る座談会を企画し東京銀座の料亭に28人が集まった。終戦当時の内閣書記官・迫水久常、ソ連大使・佐藤尚武、スウェーデン公使・岡本季正、海軍・富岡定俊、陸軍・今村均、一兵卒だった大岡昇平、扇谷正造、岡部冬彦、会田雄次、池部良などだ。この座談会を、田原総一朗、鳥越俊太郎、市川森一らが出演して、ポツダム宣言後もソ連仲介の和平工作に期待する政府中枢、本土決戦の完遂を主張した陸軍、最高戦争指導会議の混乱の中でヒロシマへのウラン原子爆弾、ナガサキへのプルトニウム原子爆弾の投下、そして御前会議、終戦と1945年の“長い夏”をドラマ化した。政府中枢が国体護持をめぐって議論しているうちに、ヒロシマ、ナガサキへ原爆が投下され、市民は生きたまま焼かれ33万余の人々が犠牲となった。
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7月29日、いわき市非核平和都市宣言25周年記念事業で、長崎原爆被爆体験講話をきいた。
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81歳になった永野悦子さんは、爆心から2.8キロの学校の体育館で飛行機の部品を作っていた16歳の時に被曝。9歳の弟と13歳の妹が被曝し苦しみながら命をなくしたこと、原爆投下の4ヶ月前に疎開先の鹿児島から二人の兄弟を連れ帰ったことへの自責の念、二人の兄弟の死を巡る母親とのわだかまり、被曝の悲惨さ、悲しさから50年間、言葉にできなかったこと等を切々と語った。母親との邂逅。被曝50年を前に、被爆体験を語り継ぐことを決意。戦争の恐ろしさと平和の尊さを、語り部として語り継ぎ、アメリカへ。9.11をアメリカで迎える。
「戦争は二度としてはいけない」。永野悦子さんの言葉。ヒバクシャから、わたしたちに対するメッセージだ。


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by kazu1206k | 2010-08-01 10:29 | 平和 | Comments(0)

佐藤かずよし


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