映画「あいときぼうのまち」

6月7日(土)より映画「あいときぼうのまち」がポレポレいわきにて先行上映されます。
以下紹介します。ぜひご覧ください!!

映画「あいときぼうのまち」公式サイト
http://www.u-picc.com/aitokibou/
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解説
福島に生きる、東電に翻弄された四世代の家族を通して、
七十年に渡る日本の歩みを描いた愛と希望の物語。


敗戦間近の1945年(昭和20年)4月、福島県石川町の山奥で天然ウランの採掘が行われていたことを知る人はあまりいない。もちろん、原子爆弾を作るためのウランだが、その採掘は学徒動員の中学生によるものだった。しかし、5月の空襲で、原爆を研究する早稲田の理化学研究所は焼け、その計画は事実上頓挫した。それでも、彼らは敗戦まで来る日も来る日もウランを掘り続けた。自分たちが何を探しているのか、知らぬままに――。

東京オリンピックの二年後の1966年(昭和41年)、福島県双葉町は揺れていた。原発建設を巡って、賛成派と反対派に町が二分され、揉めていたのだ。反対派の理由は「原発は危険だから」ではなく、「住んでいる土地を奪われたくない」から、というものだった。やがて、反対派も「これで出稼ぎに行かなくて済みますよ」という説得に応じ、賛成派へと転じていった。ウラン採掘をしていた少年は大人になり、どうしても原発建設に賛成とは言えず、町の人間から孤立し、酒に溺れ、家族はバラバラになっていく。

2011年、その娘は小さいながらも幸せな家庭を作り、還暦を迎えていた。そこに現れる少女時代の恋人。男は原発労働者だった息子を癌で失ったばかりだった。女は男の心の穴を埋めるために体を投げ出す。しかし、やがてそれは女の孫娘の知るところとなる。孫娘はそれをどうしても赦すことができず――。
そして、2011年3月11日――。
津波で祖母を失った少女は、それを自分のせいだと思い込み、自らを傷つける。
世間が3.11を忘れても、少女は忘れることができない。少女は自らを赦すことができるのか。すべてを失った家族は再生することができるのか。

――これは、日本の原子力政策に翻弄され、傷つき、失い、絶望しながらも、「それでも生きて」いこうとする、四世代一家族の物語だ。

歴史は歴史ではない。過去と現在へ、そして未来へとつながっている。
土地もまたそうである。被災地へと車を走らせれば、東京と福島は地続きであることを痛感するだろう。
これは、3.11後の世界に生きなければならない我々すべての話である。この世界に生きる、家族すべての話である。
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怒りをこめて振り返れ、あの時の事を!!
福島出身の菅乃廣監督と脚本家 井上淳一が渾身の力を込めて描く鎮魂の物語。


監督は福島県出身で、脚本家の菅乃廣。本作が監督デビュー作となる。20数年前、死が迫っていた父親が呟いたひと言「この奇病は昔原発で浴びた放射能が原因かもしれない」をきっかけに、いつか原発を描こうと思っていた菅乃は、3.11でその思いを新たにする。資金集めからキャスティング、スタッフィングまで、この映画は監督自らがかいた汗と執念の結晶である。切れば血が吹き出るような演出は、福島県出身でなければ出来なかったであろう。そういう意味でも、本作は他の3.11映画と決定的に違っている。
脚本は、昨年『戦争と一人の女』で監督デビューも果たした井上淳一。四時代にわたる家族のドラマを錯綜させ、交錯させ、奇跡のラストへと収斂させていくシナリオは見事という他ない。井上は、ノンフィクションや報道では東電と名指しできるのに、フィクションでは何故できないのかと疑問を感じこのシナリオを書いたという。この壮大なドラマの奥には、震災からたった三年で全て忘れ去り、また新たに始めようとしているこの国への怒りが静かにたぎっている。
撮影もまた福島県出身である鍋島淳裕(『ヘブンズ・ストーリー』『軽蔑』『戦争と一人の女』など)。鍋島の福島を見つめる目もやはり、あたたかく、切ない。
彼らが描く、福島の過去、現在、そして、未来。本年度、最も目が離せない一本であること間違いない。
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原発問題を扱うがゆえに立ちはだかる難問を、インディーズ映画でしか出来得ない表現に昇華。そしてオープニング曲に坂本龍一の代表曲「千のナイフ」。

制作当初から懸念されたことではあるが、原発問題を扱うゆえにキャスティングは難航した。しかし、シナリオと監督の熱意に打たれ、有名無名を問わず、志と骨のある俳優陣が揃った。大人の恋を巧みに演じ、自らの新境地を開いた夏樹陽子(「ザ・ハングマン」)と勝野洋(「太陽にほえろ!」)、大谷亮介(『相棒』シリーズ)らベテラン陣。函館港イルミナシオン映画祭で「大竹しのぶの再来」と絶賛された驚異の新人、千葉美紅(『戦争と一人の女』)は震災ですべてを失った少女を切実に体現する。他に、小劇場とインディーズ映画をまたにかけた活躍をみせる黒田耕平(『アジアの純真』)、平田オリザの青年団の下部組織「うさぎストライプ」で作・演出を手がける大池容子など、バラエティに富んだ俳優陣が69年にわたる骨太なドラマを彩る。
さらに、オープニング曲には坂本龍一のデビュー曲「千のナイフ」を、新鋭ピアニスト・榊原大が演奏。映画をより壮大なものへと導いた。
それぞれの思いを抱えたスタッフ、キャスト、音楽は、3.11後を生きざるをえない我々に果たして何を問いかけてくれるのか。
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物語

あなたの家族の瞳には、あの頃のように明るい未来が見えていますか。
1945年、福島県石川町ではウラン採掘が行われ――
1966年、福島県双葉町では原発建設反対運動が潰され――
2011年、福島県南相馬市で暮らす家族に津波と原発事故が押し寄せた――
そして、すべてを失った少女は、明るさを取り戻した東京でひとりさまよう――

――この映画は、1945年、1966年、震災前の2011年、震災後の2011年が交差して描かれる。

1966年、16歳の愛子は孤立していた。原発建設反対派の最後の一人となった父は村八分にされ、酒浸りの日々を送っていた。愛子は父に代わり、新聞配達で生活を支えていた。かつて淡い恋心を通わせた健次は、原発推進の標語に応募し、当選。町の小さな商店街には、健次の標語「原子力 未来の 明るいエネルギー」と書かれたアーチが架かっている。愛子は今日もひとりそのアーチの下をくぐっていく。

2011年震災後、愛子の孫娘・怜は見知らぬ中年男に体を売っていた。怜は、被災体験を語って、男からさらにお金をとろうとする。それは、まるで自らを傷つける行為のようで、痛々しい。

2011年震災前、61歳になった愛子はYouTubeでチュニジアのジャスミン革命を見ていた。愛子は怜にFacebookのやり方を訊く。ジャスミン革命の群衆がFacebookで集まったと聞き、興味を惹かれたのだ。

1945年、愛子の父親・英雄は15歳だった。英雄は来る日も来る日も学徒動員で採掘場でツルハシを振るっていた。自分が何を探しているのかも知らされずに。そんな英雄に、東京から派遣された陸軍技術将校の加藤が、天然ウランを探していることを教えてくれる。なぜ加藤はそんな軍機を自分だけに教えてくれるのか。

1966年、愛子は新聞配達の職まで追われる。反対派の父を持つ愛子を雇ってくれるところはもうどこにもなかった。愛子は、賛成派に転じて以来、交流を絶っていた健次と海に向かう。愛子はずぶ濡れになった体を健次に投げ出す。愛子にはもう健次しかいなかった。

2011年震災前、愛子はFacebookで健次の名前を検索し、友達申請をした。東京電力で親子二代で働いていた健次は、息子を癌で失ったばかりだった。二人は会い、そして再び結ばれる。愛子は体でしか健次の心の穴を埋める術を知らなかった。

2011年震災後、怜は義援金募金詐欺をしている沢田という青年と知り合う。怜もまた募金箱を持って、街頭に立つ。そのお金で豪華な食事をするために。

1945年、英雄は母親と加藤の不倫を知ることになる。

2011年震災前、怜もまた愛子と健次の関係を知ることになる。

四世代一家族のそれぞれ個人は、それぞれの時代で、もがき、苦しみ、自分の生き方を見出そうとする。

そして、訪れるあの日。 3.11―― それは、人々の運命をどう変え、どういう結末に導くのか――
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by kazu1206k | 2014-06-04 22:22 | 地域 | Comments(0)

佐藤かずよし


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