対談録「検察は起訴すべきである」1

12月12日、福島原発告訴団の「起訴を!東京地検包囲行動&院内集会」で、海渡雄一弁護士の司会により「検察は、起訴すべきである」と題して、古川元晴さん(元京都地検検事正、元内閣法制局参事官)と船山泰範さん(日大法学部教授)が対談しました。その記録を、3回にわけて掲載します。その1。

検察は起訴すべきである
古川元晴×船山泰範×海渡雄一


12月12日、参議院議院会館会議室

「検察は起訴すべきである!」と題し、古川元晴さんと、船山泰範様との対談をしていただきます。司会は海渡雄一弁護士にお願いいたします。

海渡雄一 皆さん今日は。弁護団の海渡でございます。今日ん実はもう検察庁に行ってまいりました。検察庁に、上申書と、証拠でこんなにぶ厚い資料を出したんです。そして、一番重要な証拠はこの本なんですね。添田孝史さんが書かれた「原発大津波〜警告を葬った人々」というこの本(岩波新書)が、今年の11月20日発行で出ました。この本が出るということはぼくはだいぶ前から聞いていて、非常に注目してたんですがなかなか発行されず、やきもきしてました。出てすぐに買って、読んでみて、予測に違わず凄い本だと思って、ご本人にお願いして、この本を書くために使った資料一式を全部、提供して欲しいというお願いをしました。色々やり取りがあったんですが、全部いただけて、、こういう形で今日、出すことになりました。
今日、皆さんの手許にこの本から分かる重要な状況について上申書を配ってあります。これを読んでいただければこの本の粗方の中身が分かると思います。簡単にご説明します。
1997年に、この地域の沖合で津波地震が起きることを想定しなさい、という7つの省庁の手引きが作られました。ここでは福島県沖の津波地震も想定されていたということです。それから、2000年にこの手引きを踏まえて電事連は各地の原発についてどれくらい津波についての脆弱性があるかということの調査をしていて、その中で福島の第1と島根が最も弱い、想定の1,2〜1,5倍で、もう駄目だ、完璧に駄目という想定結果を得ていました。
土木学会はほとんどのメンバーが電力会社ないしは電中研のメンバーであって、完全に電力によってコントロールされていた組織だったということです。従って、武藤(栄)さんや武黒さんたちが、問題が膠着化してきた時に土木学会に検討依頼したということは、自分の子飼いの人たちに検討を委ねたということに過ぎないということです。
そして他の電力会社は長期評価を踏まえてちゃんとした対策を講じていました。東海第2原発と女川原発は嵩上げが図られていたということは、皆さん、聞いたことがあるかと思います。まさしく検察が問題としている長期評価に従って対策が取られていたということが、この本の中で経過を追って明かにされています。
そして、今日のこの書面(「上申書」)で、どうしてもこれだけは読んでいただきたいのは、13ページです。読みます。これは保安院の森山審議官が2010年の3月24日に自分の部下たちに送ったメールです。
「1F3(福島第1原発3号機)の耐震バックチェックでは、貞観の地震による津波評価が最大の不確定要素である旨、院長(寺坂信昭)、次長(平岡英治)、黒木(愼一)審議官に話をしておきました」「貞観の地震についての研究はもっぱら仙台平野の津波堆積物を基に実施されているが、この波源をそのまま使うと、福島に対する影響は大きいと思われる」「福島は、敷地があまり高くなく、もともと津波に対して注意が必要な地点だが、貞観の地震は敷地高を大きく超える恐れがある」「津波の問題に議論が発展すると、厳しい結果が予想されるので評価にかなりの時間を要する可能性は高く、また、結果的に対策が必要になる可能性も十二分にある」
そのバックチェックをやってた当の本人がこう言ってるんですよ。
「東電は役員クラスも貞観の地震による津波は認識している」「というわけで、バックチェックの評価をやれと言われても、何が起こるかわかりませんよ」
何が起こるかわかりません、というのは、たいへんな追加予算を必要とするような対策が出てきますよ、だからバックチェックは追わらせないでだらだら続けたほうがいいですよ、という意味です。(場内、どよめく)
これは、恐ろしい自白調書だと思いませんか。ぼくはこのメールを読んで本当に、震えるぐらい怒りがこみ上げてきたんですけれども、この中の一番のポイントは、当時耐震バックチェックは地震対策、耐震対策が重要で、津波はその添え物みたいな感じで行なわれているというふうにぼくらは思っていたし、津波対策についての議論はぜんぜん表には出てきていなかったんです。しかし実は電事連と保安院と電力会社、あとJNESの間で行なわれていた安全情報検討会というものがあったんですけれども、この中で話し合われていたのは、もっぱら津波のほうだったんですね。
で、津波についてのマドラス原発(インド南部)の被災(2004年スマトラ沖地震の津波により浸水)を受けた保安院の言明では、このままでは、津波対策をきちっとやらないと、不作為の責任を問われる可能性があるというようなことを述べた文書も残ってます。2007年の文書で、提出した証拠の中に載せておきました。しかい、それを何もなかったことのようにさせていく力学があって、まさしく、電力会社、電事連が保安院を虜にしていくようなそういう経過が起っていたんだということがはっきり分かるわけです。
実は私は、この事故が起きた後に岩波新書で同じ編集者なんですけれども「原発訴訟」という本を書きました。この中で耐震バックチェックの過程での貞観の地震のことを非常に重視して発言した岡村ユキノブさんという方の発言を取り上げて、「この時にきちんと保安院がこの問題を取り上げていれば、事故を防げたのに」と書きました。しかしこの森山さんのメールを見て、はっきり分かったんです。まさしく岡村さんが貞観の地震が大切だと発言している時に、それを必死になって保安院の審議官は、これを弾圧して喋らせないようにしていたんです。「その問題は次のステップでありますから」というふうに言って、問題をなかったようにしているんですね。それはまさしく審議官からの命令に従ってそうしてたんだということがはっきり分かったというふうに思います。
もう1つ重要な点は、そうであっても保安院は実は最後まで最も重要な15,7mの津波というものは見てないわけです。15,7mの津波の報告が出されたのは、2011年の3月7日でした。従ってここでは、貞観の津波についての議論をしていますが、虜にしている保安院も電力会社は信頼しておらず、これだけ津波に対する審査が最重要だと言って裏でやっているのに、その相手である保安院にも情報を隠していたのが東京電力、武藤、武黒、吉田所長、そしてそれを追認していた勝俣氏等である、ということです。
これは真っ黒け。本当に、とんでもない、完全にこのままいけば津波で大災害が起こるということをかなり確実に予測してたという言えるんじゃないか、というような事実が明かになってきたということで、今しがた担当検事さんに証拠をすべて提出して、強く起訴を訴えて参ったところでございます。
ということで、こういう事実が出ているという前提で、パネルディスカッションに入りたいと思います。まず最初に古川先生のほうから、この事件の起訴・不起訴を分かつ本質的な部分の争点は何なのかについて、まずお話をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

古川元晴 皆さん今日は。私の肩書で麗々しい過去の経歴が書いてありますが、今既に一般市民であります。ただこの原発事故が起きて以来、やはり自分が法律家としてですね、ああいうものが「想定外」だっていうのがどういうことかということで、何としても解明しなければならないだろうという思いに駆られまして、それを考えるに当たりまして、自分のこういう経歴が、特に検察や法制局で法律を作ったりしていたことが、経歴が役に立ったということで、ここに書いてあるということで、ご理解ください。
それで、私自身が思うのは、この本質的な問題について意外と世の中の方はお分かりいただいてないな、ということなんですね。結局、検察は不起訴にいたしました。それから検察審査会が「起訴相当」といたしました。この違いの分かれ道はどこにあったのかということについて、まともにマスコミなんかでも書いてくれてないんですけれど、まあ、既に私の書いたものを見ていただいているということでお分かりいただいていると思うんですが、「過失」という刑法上で同じ条文があるわけですね、「業務上の注意を怠る」ということで、要するに注意義務違反であるということです。たったこれだけの僅かな条文しかないんですが、この条文の解釈を巡って2つの学説があったということなんです。
圧倒的な勢力を占めていた説が、長ったらしい名前ですが、「具体的予見可能性説」というもので、「具体的な予見可能性が無ければ処罰はできませんよ」という考え方があるわけです。この考え方が圧倒的に実務で使われきておりまして、これをそのまま画一的に使ってしまうと、ポイントは、地震調査研究推進本部(以下・推進本部)の津波の予測が出ておりまして、これは東電の皆さんも知っていたわけですね、こういうものがあるということは関係者は皆、知っていました。知っていながら、これを「想定外」にしたわけですね。
要するにまったく知らなかったわけではなくて、知っていながら「想定外」にしたということです。これは、過去に起きたことがない、確実なものではないということで、だから義務はない、予見すべき義務はないということで、法律家として言いますと、そんな形で「想定外」とされてしまったということです。それを、「その通りでいいんですよ」と言っている説が、「具体的予見可能性説」という過失理論なわけです。ですから、これに依りますとこの事件はもう、始めから門前払いですよね。
推進本部の予測と言いますのは、「起きたことはないんだけれども、科学的根拠を持って言えば、起きる可能性は充分ありますよ」と、こうい言ったわけです。これはまだ起きてはいないんだから、確実ではないんじゃないか、と。こういう論理が、この理論からいくと認められてしまうということです。本当はこれが事故の原因だったわけですね。こういうことをやったから事故が起きたということです。ところが、「それでいいんですよ」という結論になってしまいます、この説からいきますと。
従って検察の不起訴理由にも、もう当初からそういう考え方で、「これは駄目です」ということの理由書になっているわけです。ですから未来永劫、この理論を使う限りは、海渡先生なんかは一所懸命こういう形で証拠を集められたりしておりますけれどね、どんなに集めても、もともと土台が、本体が「不確実な予測なんだから、話になりませんよ、ご苦労様です」と、こうなっちゃうわけです。
これが従来の原発訴訟でも全部、住民敗訴になってきた原因だったということが、私の方から言いますと、分かってきたわけです。じゃあいったい、この説しかないのか、ということから見ますと実はそうではなくて、もう一つ、名前が良くないんですが「危惧感説」と言って、まだ起きていなくてもそれなりの根拠があって、「こんな根拠があれば危ないね」と常識的に皆さんが思う事柄があるでしょう、世の中には。高度に、極めて危ない事業をやっていて、その方の安全を護る責任によってしか安全が護れないことというのはあるわけですよ。今回の場合でも逃げようがないわけですよね。お任せしちゃっているわけですから。そういう場合にはその人に高度の注意義務があるんだから、普通の注意義務じゃ足りませんよ、と。誰が見ても不安を覚えるような。
こんな危険業務の場合にはもっともですよ、と言えるような注意義務は、尽しておかなければなりませんと。そういう理論として作られたのが、この「危惧感説」というものです。
これはずいぶん早い段階で、昭和40年代で東大教授になられた藤木(英雄1932〜77)先生が提唱されたということで、森永やカネミの事件でも実際には使われています。その説をずっと追究されてこられたのが、今日、ここにお見えになっておられる船山先生です。
それが経済成長の過程で、そんなことは企業の負担になるということだったんでしょう、そういう意味で、なかなか活用されずにきていて、その後、JR西日本の脱線事故とか、ああいうものはそれでやらなければならないはずなんですが、依然として「具体的予見可能性説」で処理されています。これは結局、世論からすれば、常識から外れちゃってるけれども、なんで駄目なのか分からない、その分からないのは、簡単なんです、要するに危惧感説を採れば、世の中が求めている常識的な解決ができるということです。それで刑事責任も問えるというわけなんですね。ですから、こういう説を私らは再度、見直そうということです。そして、この説がまだ、皆さんが、また実務家が分かるような形で体系化されていない状況にあったということで、私も、船山先生とご一緒に話をしながら、こういう形で、現在の実務で通用する、カネミとか森永とか、そういう判決でもきちんと謳われている理論とは、こういうものである、ということをまとめて、お出ししたわけですね。
この考え方に依れば、これは充分、起訴できる、海渡先生と皆様方の色んなご努力も稔るということなんです。ここに問題の本質があるということをご理解いただきたいということでございます。

海渡雄一 有難うございます。続いて船山先生にお伺いしたいんですけれども、古川先生の危惧感説も、すべての刑事犯罪にではなくて、非常に高度に危険な、原発のような業務の場合に、少しでも危惧感があればそれに対してはちゃんと対応する義務がある、という議論だろうと思うんです。私もその議論は正しいと思うんですけれども、今回の政府の事故調のレポートが出た段階では確かに推本が正しいのか土木学会が正しいのかよく分からない、専門家の間でも意見が分かれていると。そういうふうな受け止め方で検察官も捜査してたんじゃないかと思うんですね。しかし今回、ぼくらが今日出した上申書で始めて明かになったんですが、7つの省庁で津波地震を福島沖において想定しなさいっていうことが、政府の指示として出ていた、97年に既に出ていたんですね。そのこと自身が今まで何故取り上げられなかったのかということも凄く不思議ですけれども。そして、現実に、先程も紹介されましたけれども2010年の段階では保安院がもう過去に現実に起きていた貞観地震で完全にアウトだと。しかしこのことは隠しておこうっていうことをはっきり東電側とも裏交渉してた、みたいなことまでもう明かになってきているわけですね。そうだとすると、これはもう危惧感説に立てばもちろん起訴ですけれども、そうでなくても、今までの伝統的な検察官の考え方からしても、起訴できる状態になってるような気もするんですけれども、どうでしょう。

船山泰範 船山でございます。よろしくお願いいたします。今、海渡先生がおっしゃったように、先程の海渡先生のお話、そして今のお話から見れば、具体的予見可能性説でも充分、予測できる、そのために、そうであるとすれば、どうやったら事故が防げるだろうか、ということは充分できたはずで、具体的予見可能性説でも、私は「過失があった」と言えると思います。
ただ、危惧感説ですと当然でございますので、少し、危惧感説の話をさせていただきましょう。先程、海渡先生は「危険な仕事」というお話をされましたけれども、果して、ドライミルクを作る仕事は危険な仕事でしょうか。

海渡雄一 ああ、なるほど!

船山泰範 それ自体は、ちっとも危険ではないですよね。そういう点で、少し、その話をさせてください。
森永ドライミルク砒素中毒事件というのは、昭和30年の夏に起きた事件でございます。120名くらいの方が亡くなり、1万人以上の方が今でも砒素中毒で苦しんでいらっしゃいます。この場合については、ミルクの中に第2リン酸ソーダ(Na2HPO4)というものを入れて安定させる、あるいは溶けやすくするということで、森永ドライミルクは作られ始めたんですね。その徳島工場で作り始めました。この第2リン酸ソーダが純粋なものであるとすれば、その中に砒素などが入る可能性はないんですけれども、元々、工業用第2リン酸ソーダということもありまして、その点でも何のために作られたものなのかと言うと、油で汚れた機械類を洗うためのものです。すなわち、溶けやすいわけです。お母様がたはよくご存知のように、ミルクって、けっこう溶けにくかったりして、温度も難しいわけですよね。そういう点で非常に便利なものを作ったんですが、その第2リン酸ソーダを発注する時に、徳島工場の場合については、それが第2リン酸ソーダそのものかどうかということをチェックしていなかったんです。
それからなおかつ、森永ドライミルクが作られて、発送される、倉庫から出る前のチェックも、してなかったんですね。そしてなおかつ、たいへん恐しいことですが、納入された第2リン酸ソーダっていうのは、第2リン酸ソーダでもなかったんです。アルミナを作る時の不純物が、第2リン酸ソーダと非常に似ているんです。それはそもそも捨てるものですから、非常に安くて、それが松野製薬から第2リン酸ソーダとして納入されてきたということです。
本来、食品として入れてはいけないものが入っていたということになります。その点では、結果としてはたいへん重大な結果であり、通常の食品の生産の場面なんですけれども、この時に、こういうことが行なわれたのです。これについて昭和41年、1966年に高松高等裁判所がこういうことを言いました:「元々、食品として作られたものでないとすれば、一抹の不安を感じるのは当然だろう、その一抹の不安こそ、予見可能性なのだ」と、こうおっしゃったんですよ。私たち、食べ物を食べたり、あるいはお母さんがたが作られる時に、やっぱり何かヘンなものが入っちゃいけないと思うのは当然ですよ。しかもドライミルクを飲む子どもたちはお母さんのお乳が、おっぱいが良く出ないから、それで、ミルクを飲んで育っていくわけでしょう?子どもたちが具合が悪くなった時にお母さんがたはミルクが足らないと思って、その徳島工場のミルクをどんどん与えたわけですよ。その結果として赤ちゃんが百何十人亡くなり、1万人の人が今でも苦しんでいるっていう状況が出てきたわけです。
そういうことを踏まえて、食品業者としてはどういう安全を確保していかなきゃいけないか、と言ったら、まずは純粋なものを使うべきだということです。それだけではなくて、工場から出す時に、不純物が入っていないかどうかということを確かめる、こういう結果を回避するための措置をするべきだということを先程の昭和41年の高等裁判所は判決で言ったわけですね。
藤木先生はこれをご覧になって、その当時の過失についての考え方、今までは予見可能性と結果回避措置がありさえすれば良かったという場合に、その結果回避措置というのは、重大な結果が起きる場合について簡単にできることだったら、それによって大きな事故を防ぐべきだ、食品を工場から出す前にすればできることであって、これは簡単にできることじゃないか、そうであるとすれば、そこにおける予見可能性っていうのは、必ずしも、松野製薬が入ったからどうだとか、偽物が使われたかどうかとか、いうことじゃなくて、出荷する時にチェックすればできることだ、消費者にはできないことだけれども、工場には簡単にできることである、そうであるとすれば、そういう観点から、過失罪を考えるべきだというところから、一抹の不安、すなわち危惧感、不安感があるとすれば、それを払拭する、拭い去ることをやるべきである、こういう理論を展開されたということでございます。

*その2に続く。
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by kazu1206k | 2014-12-19 20:21 | 脱原発 | Comments(0)

佐藤かずよし


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