検察審査会の議決書3

 7月31日に公表された、東京第五検察審査会の、東京電力の旧経営陣、勝俣恒久元会長、武藤栄元副社長、武黒一郎元副社長に対する、業務上過失致死傷罪で「起訴すべきである」とする、7月17日付けの議決書の詳細報告、3回目、最終回です。
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4 結果回避可能性,結果回避義務について

(1) 推本の長期評価に基づき,東電設計において試算結果が出されてから以降,東京電力の福島第一原発では何らかの津波対策を検討する必要性が生じていた。殊に,O.P.+15.7メートルの試算結果が出されてからは,10m盤を大きく超える津波が発生する可能性が一定程度あることを考えて,浸水を防止するための対策や,浸水しでも重大事故を防止するための対策を検討し,合理的な対策を講じる必要性が生じていた。
(2) この点,東京電力では,被疑者武藤が,平成20年7月31日,耐震バックチェックに推本の長期評価を取り入れるという方針を変更し,耐震バックチェックについては従来どおりの津波評価技術に基づいて実施することとし,推本の長期評価については土木学会の検討に委ねることになった。この判断は,福島第一原発の安全対策のために発生する可能性のある数百億円以上に及ぶ支出を避け,安全対策よりも経済合理性を優先して単なる先送りをしたとみられる余地があるものの,推本の長期評価の信頼度等を考え,実際にどのような津波対策を講じるのが適切か慎重に検討する姿勢だったというのであれば,そのこと自体をもって直ちにこれを誤った判断であるとも言えない。現に,関係者の供述によれば,東京電力は,土木学会の検討結果が出ればそれに基づいて津波対策は講じるつもりであったという。検察官は,福島第一原発が推本の長期評価に基づく試算結果等により何らがの安全対策を講じなければならなかったとしても直ちにそれをしなければならないような緊急性は認められなかったと考えているようである。
 しかしながら,前記のとおり,自然災害はいつ,どこで,どのように発生するか確実な予測ができず,原子力発電所の安全性については,「万がーにも」,「まれではあるが」発生する津波による災害にも備えておかなければならない。そういう前提をも考慮したうえで被疑者らには,福島第一原発の10m盤を大きく超えるような津波が発生し,それによって浸水事故が生じると,最悪の場合には全電源喪失,炉心損傷等を経て放射性物質の大量排出などの重大事故,過酷事故が発生する具体的な予見可能性があった。そして,そういう前提に立つならば,いくら推本の長期評価やそれを用いた試算結果に基づいた適切な津波対策を検討するための時間が必要であったというものの,適切な津波対策を検討している間に,福島第一原発の10m盤を大きく超える津波地震が発生して,その津波により福島第一原発が浸水してしまう可能性が一定程度あったといえる以上,浸水した場合の被害を避けるために,適切な津波対策を検討している間だけでも福島第一原発の運転を停止することを含めたあらゆる結果回避措置を講じるべきだったのである。そして,仮に,このとき福島第一原発の運転を停止していれば,結果としては,実際に平成23年3月11日に発生した本件地震に伴う津波による浸水により炉心損傷等の重大事故が発生することは回避できたことが明らかである。
(3) そして,福島第一原発の運転を停止して安全な津波対策を検討した場合,想定される津披水位を前提にしてかなり余裕のある対策を講じるととになるはずである。
 福島第一原発は,原子力発電所の中でも特に古く,平成12年2月に明らかとなった電気事業者連合会(以下「電事連」という。)の調査結果では,想定津波水位の1.2倍の津波が発生すれば浸水してしまうという,日本で最も津波に対する余裕が少ない原子力発電所であり,平成18年10月に保安院により耐震バックチェックの実施計画に関するヒアリングが行われた際には,津波評価につき,東京電力の福島第一原発は,設計上の想定津波水位と非常用海水ポンプとの余裕が少ないサイトがあること等の問題提起がなされていた。実際,平成20年6月,被疑者武藤に対する報告では,推本の長期評価を用いた津波水位の最大値O.P.十15.7メートルの試算結果等を報告し,合わせて,原子炉建屋等を津波から守るために敷地上に防潮堤を設置する場合は,O.P.+10メートルの敷地上に約10メートルの防潮堤を設置する必要があること等が説明されていた。
 そうすると,東京電力では,推本の長期評価,それに基づく試算結果を踏まえ,既に,O.P.+約20メートル(10m盤+約10メートル)となるような防潮堤を設置するという対策案は上がっていたのであり,これによれば,本件地震のような規模の地震,津波についても浸水を回避する乙とは十分に可能だったことがわかる。
(4) また,浸水を前提とした津波対策(蓄電池や分電盤を移設し,HPCI(高圧注水系)やSR弁にケーブルを接続すること,小型発電機や可搬式コンプレッサ一等を高台におくこと等の措置)についても検討する余地があったことは否定できない。これらの対策は,実際には浸水した場合という非常事態において福島第一原発に関わる関係者の連携により十分な効果があるかという問題点はあるが,災害時における具体的なマニュアルの検討等により効果のある対策を実施できる余地はあったと思われる。この点,本件事故後の処理において明らかとなったことであるが,当時の東京電力には,本件事故のような非常時に対応するマニュアル等が存在しなかった。大きな地震やそれに伴う大きな津波が発生する可能性があることが一定程度あったにもかかわらず,それに目をつぶって無視していたに等しい状況である。いずれにしても,福島第一原発の運転を停止することや浸水した場合の対策を検討しておくべきだったというべきである。
(5) 結局,東京電力の福島第一原発としては,推本の長期評価,それに基づく試算結果を取り入れて適切な安全対策を検討し,その間だけでも運転を停止するととを含めた合理的かつ適切な津波対策が講じられていれば,それ以降,いつ本件地震と同規模の地震,津波が発生しでも,本件事故のような重大事故,過酷事故の発生は十分に回避することができたというべきである。
 したがって,被疑者らには,結果回避可能性があり,結果回避義務が認められる。
(6) この点,検察官は,当時の状況において,法令等に基づき運転停止を命じられる等の事情もなく,定期点検等でもないのに原子力発電所の運転を停止する根拠がなく,電気の安定供給にも支障が生じる可能性があるとして,原子力発電所に関わる責任のある者の行動としては,福島第一原発の運転を停止することもできなかったと考えているようである。また,当時の安全対策は確定論に基づいており,確率論に基づいて対策を講じることはまだ期待できなかったとも考えているようである。
 確かに,当時の東京電力では,新潟県中越沖地震の影響による柏崎刈羽原発が運転停止の最中にあり,これに加えて,福島第一原発の運転をも停止することの影響を考えないわけにはいかない。しかしながら,いつ発生するか確実に予測することができないとはいえ,ひとたび10m盤を大きく超える巨大津波が発生したときには,明らかに浸水事故を引き起こし,電源喪失を経て炉心損傷等の重大事故に至る可能性は一定程度あったのであり,当時の原子力発電に関する安全性については,ひとたび重大事故が発生した場合の被害の甚大さから,万がーにも」,「まれではあるが」発生する可能性のある地震,津波,災害にも対処することが求められていたのである。ひとたび発生すると取り返しのつかない事態になることが考えられる原発事故においては,検察官の考えているようなことは何の説得力も感じられない。むしろ,推本の長期評価,それに基づく10m盤を大きく超える津波の発生する可能性や浸水事故が発生した場合の被害の甚大さを予見することが十分に可能であった東京電力こそが,一定程度発生する可能性のある重大事故を防止するために,率先して福島第一原発の運転を停止することを含めた合理的な安全対策を講じるべきだったのである。福島第一原発の運転を停止することを含めた対策を講じることはできなかったという主張は,津波によりひとたび原子力発電所に重大事故が発生すると,放射性物質の大量排出による周辺地域への放射能汚染を招き,ついには人類の種の保存にも悪影響を及ぼしかねない事態に至ってしまうという事柄の重大さを忘れた,誤った考えに基づくものと言わざるを得ない。
 既に本件地震が発生し,それによる重大事故,過酷事故によりどれほどの甚大な被害が発生したかということを想起しなければならない。本件地震が発生し,甚大な被害を及ぼした結果から振り返って思うのは,安全対策よりも経済合理性を優先させ,「万がーにも」,「まれではあるが」発生する可能性のある災害について予見可能性があったにもかかわらず,それに目をつぶって何ら効果的な対策を講じようとはしなかった東京電力の被疑者らの姿勢について適正な法的評価を下すべきではないかということである。

5 被害者

(1) 本件地震,本件事故に関し,被疑者らには業務上の過失があるが,被疑者らの過失と因果関係の認められる被害者について以下検討する。
(2) 津波による浸水で死亡した2名
 建屋の地下にいた作業員2名が死亡した事実が認められるが,同人らの死亡は津波の浸水によるものであり,その後に生じた建屋の水素ガス爆発や放射性物質の大量排出との関連性はない。そうすると,死亡との因果関係の有無は,本件地震が発生するまでの聞に確実に浸水を回避できる防潮堤等を設置することが可能であったかどうかにかかっている。現時点においてはこの判断は極めて困難であり,起訴すべきかどうかの判断においては,やむを得ないが被害者とするのは相当でないと判断した。
(3) 爆発したがれきに接触するなどして負傷した東京電力の関係者,自衛官等
 建屋の水素ガス爆発により爆発したがれきに接触するなどして負傷した東京電力の関係者及び自衛官等13名がいるが,同人らの負傷については本件事故との因果関係が認められるので,同人らを被害者とするのが相当である。
(4) 避難に伴う双葉病院の死亡した患者
 福島第一原発から約4.5キロメートルに位置する福島県双葉郡大熊町大字熊字新町176番1所在の医療法人博文会双葉病院に入院していた患者のうち44名については,本件事故による放射性物質の大量排出に起因して災害対策基本法に基づく避難指示により,長時間の搬送,待機等を伴う避難を余儀なくされ,その避難の過程においてそれぞれ既往症を悪化させた結果,死亡したと認められる。したがって,同人らの死亡は本件事故との因果関係が認められるので,被害者とするのが相当である。
(5) 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した者
 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した疑いのある者2名が認められるが,いずれも現時点において明らかになっている事実関係からは本件事故との因果関係があると判断するのは困難である。したがって,同人らを被害者とするのは相当でない。
(6) 放射線被爆による健康被害を受けたとされる者
 放射線被爆した者の中に甲状腺ガンの診断を受けた者1名,甲状腺の嚢胞,結節が見られる者11名が認められたが,いずれも現時点において明らかになっている事実関係からは本件事故による放射性物質の大量排出との因果関係があると判断するのは困難である。
 したがって,同人らを被害者とするのは相当でない。
よって,上記趣旨のとおり議決する。

平成27年7月30日
東京第五検察審査会


別紙

犯罪事実


 被疑者勝俣恒久(以下「被疑者勝俣」という。)は,平成14年10月から東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の代表取締役社長として,平成20年7月からは東京電力の代表取締役会長として,同社の経営における最高責任者としての経営判断を通じて,被疑者武黒一郎(以下「被疑者武黒」という。)は,平成17年6月から東京電力の常務取締役原子力・立地本部長として,平成19年6月からは東京電力の代表取締役副社長原子力・立地本部長として,同社の原子力担当の責任者として原子力発電所に関する知識,情報を基に実質的経営判断を行うことを通じて,被疑者武藤栄(以下「被疑者武藤」という。)は,平成17年6月から東京電力の執行役原子力・立地本部副本部長として,平成20年6月からは東京電力の常務取締役原子力・立地本部副本部長として,平成22年6月からは東京電力の取締役副社長原子力・立地本部長として,同社の原子力担当の責任者として原子力発電所に関する知識,情報を基に技術的事項に関して実質的判断を行うことを通じて,いずれもその頃,福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の運転停止又は設備改善等による各種安全対策に関する実質的判断を行い,福島第一原発の地震,津波による原子力発電所の重大事故の発生を未然に防止する業務に従事していた者であるが,福島第一原発は,昭和40年代に順次設置許可申請がなされて設置され,我が国では津波に対する余裕の最も少ない原子力発電所とされていたととろ,文部科学省に設置された地震調査研究推進本部(以下「推本」という。)の地震調査委員会が平成14年7月31日に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」という。)において,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでもMt(津波マグニチュード)8.2前後の津波地震が発生する可能性があるとされ,原子力安全委員会が平成18年9月に改訂した耐震設計審査指針(以下「新指針」という)では,津波について,施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分に考慮したうえで設計されなければならないとされ,原子力安全・保安院は,それを受け,各電力事業者に対し,既設の原子力発電所について新指針に照らした耐震バックチェックを指示し,そのバックチェックルールでは,津波の評価につき,既往の津波の発生状況,最新の知見等を考慮することとされ,他方,それまでの海外の事例や東京電力内で発生した浸水事故等により,想定津波水位を大きく超える巨大津波が発生して原子力発電所が浸水した場合には,非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失し,最悪の場合には炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があるととが既に明らかとなっていたところ,平成19年11月ころより,東京電力では,耐震バックチェックにおける津波評価につき,推本の長期評価の取扱いに関する検討を開始した結果,平成20年3月ころには,推本の長期評価を用いると福島第一原発のO.P.(小名浜港工事基準面)+10メートルの敷地(以下「1Om盤」という。)を大きく超える津波が襲来する可能性があることが判明し,それ以降,被疑者武藤においては少なくとも平成20年6月にはその報告を受け,被疑者武黒においては少なくとも平成21年5月ころまでにはその報告を受け,被疑者勝俣においては少なくとも平成21年6月ころまでにはその報告を受けることにより,被疑者ら3名はいず、れも,福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来する可能性があり,それにより浸水して非常用の電源設備や冷却設備等が機能喪失となり,炉心損傷等の重大事故が発生する可能性があることを予見し得,したがって,被疑者武藤は少なくとも平成20年6月以降,被疑者武黒は少なくとも平成21年5月以降,被疑者勝俣は少なくとも平成21年6月以降,福島第一原発の10m盤を大きく超える津波が襲来した場合に対する何らかの設備改善等の安全対策を講じることを検討し,何らかの合理的な安全対策を講じるまでの間,福島第一原発の運転を停止すること等も含めた措置を講じることにより,いつか発生する可能性のある大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発が浸水し,炉心損傷等の重大事故が発生することを未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り,必要な安全対策を講じることなく,運転を停止することもないまま漫然と福島第一原発の運転を継続した過失により,平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)に伴い,本件地震に起因して生じた巨大津波による福島第一原発の浸水により,全電源喪失により非常用の電源設備や冷却設備等を機能喪失させ,炉心損傷等の重大事故を発生させ,同日以降に生じた水素ガス爆発等により福島第一原発から大量の放射性物資を排出させた結果,別紙被害者目録(省略,以下同様)の番号1ないし13の計13名につき,水素ガス爆発等により生じたがれきに接触するなどして同人らにそれぞれ同目録記載の傷害を負わせ,福島第一原発から約4.5キロメートルに位置する福島県双葉郡大熊町大字熊字新町176番1所在の医療法人博文会双葉病院に入院していた患者のうち同目録の番号14ないし57の計44名につき,前記放射性物質の大量排出に起因して災害対策基本法に基づく避難指示により,長時間の搬送,待機等を伴う避難をさせ,その避難の過程において同目録記載の同人らの既往症をそれぞれ悪化させ,よって,同目録記載の日に同人らをそれぞれ同目録記載による死因により死亡させたものである。
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by kazu1206k | 2015-08-02 10:46 | 脱原発 | Comments(0)

佐藤かずよし


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