原発事故、放射線の警戒値と危険値
2011年 03月 21日
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放射能漏れに対する個人対策
http://www.irf.se/~yamau/jpn/1103-radiation.html
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放射能に関して、 放射線医学総合研究所(事故対策本部に加わった組織)を始めとして、多くのメディアや研究者が 『現在の放射能の値は安全なレベルである』という談話を発表していますが、残念ながら、どの組織も『どこまで放射線レベルが上がったら行動を起こすべきか(赤信号と黄信号)』を発表していません。これでは近隣地域の人々の不安を払拭する事は出来ないと思います。行動を必要とする危険値や警戒値を語らずに『安全です』と言ってそれは情報とは全く言えないからです。これは我々が取り扱っている宇宙飛翔体での管理についても言える事です(その為に宇宙天気予報があります)。
そこで、少々荒っぽいですが、行動指針を概算してみました。科学的に厳密な予測は気象シミュレーションや拡散条件など多分野に渡る計算を必要として、短い時間にはとても出来ないので、多少の間違いもあるかも知れませんが、緊急時ですので概算をここに公表します(3月19日現在)。
先ず第一に、刻々と変化する放射能に対してどう判断するかです。色々な研究所が上限値を出していますが、これが総量である事が問題です。というのも測定値は1時間当たりの値だからです。とりあえず、総量100ミリSv(Svはシーベルト)という数字で考えてみます。この数字は原子力関係者が平時に受けて良いとされる政府基準・東電基準で(国際基準は500ミリSv)、更に妊婦を除く大人が受けても大丈夫と科学的に示されている値でもあります( R.L. Brent の2009年のレビュー論文を参照)
気がついてから脱出まで半日かかるとして、かつ状況が刻々と悪くなる事を考慮すれば、危険値は100時間で割るのが妥当ですから、
(1) 1000マイクロSv/時に達したら、緊急脱出しなければならない = 赤信号。
という事になります。しかしながら、この値になって行動すると云う事はパニックを意味します。現在の値の変動幅を見るに、一桁の余裕を見れば数日の余裕があると考えられます。逆に言えば、1割以下の量を超えた段階で行動を開始するのが妥当で、
(2) 100マイクロSv/時に達したら、脱出の準備を始めた方が良い = 黄信号。
という事になります。
第2に、妊婦に関する特別な考慮です。事故対策本部の放射線医学総合研究所に100ミリSv(総量)で大丈夫とありますが、これは正確ではありません。上にあげた R.L. Brent のレビュー論文(2009年)によると、100ミリSv(総量)というのは、1%以上の人が影響を受ける値です。つまり、安全値というより、むしろ、これを越えると有為な差があるという危険値です。論文のTable 5 や Figure 4 論文を見ると、安全と言い切れるのは5ミりSv(総量)以下で、そこから100ミリSv(総量)まではグレイゾーンです。現に、大人の場合、同様に『1%以上の人に明らかに影響がある』と言われる1000ミリSv(総量)に対して、原子力従事者の安全基準は1割の100ミリSv(総量)です。普通の人が毎年放射能を受ける訳でない事を考えても、3割以下で安全と考えるのが妥当で、その事は上記論文の Figure 4 からも見て取れます。ということは、
(3) 妊娠初期(妊娠かどうか分からない人を含めて)の場合、300マイクロSv/時に達したら、緊急脱出しなければならない = 赤信号。
(4) 妊娠初期(妊娠かどうか分からない人を含めて)の場合、30マイクロSv/時に達したら、脱出の準備を始めた方が良い = 黄信号。
となります。
逆に言えば、(2)や(4)の1割以下(普通の人で10マイクロSv/時、妊娠初期の人で3マイクロSv/時)なら安心して良い事になります。
第3に、距離との関係です。チェルノブイリで問題になったのは事故現場からの直接放射でなく、そこで発生した高濃度の放射性噴煙が移動しながら出す放射線でした。福島原発の場合。燃料棒が壊れて、しかも開放弁を通して外気に直接触れているという事ですから、焚き火での焼けぼっくいと同じく、マイクロスケールでの爆発を繰り返して、それが放射能の濃淡を作っています。現に現場付近では、初期の値は大きく変動していました(今は飽和しているから一定値になっている)。この手のマイクロスケールの高濃度放出は自然界では普通に起きている事で、それ故に科学者でなくても多くの人が『そんなものだ』と感じています。このリスク計算がありません。
地表と違って上空100mを越えると風は安定的にかなりの速さで吹いています。その場合、だいたい10m/秒という見積もりが良く(10km上空は50〜100m/秒です)、この速度だと、高濃度の放射性ダストは(サイズにもよりけりだけど)数時間は拡散せずに放射能を出し続けます。一部の人が言っているように距離の逆自乗で減衰する事はありません。10m/秒とは時速約40kmに相当します。そのようなダストは原発現場でも高濃度の放射能を出しますから、現場で非常に高い値を記録したら、その風下の人間は緊急に室内に退避しなければなりません。その警報が届くまでに2時間見積もる必要があり、そこから80km圏という数字が簡単に出て来ます。ちなみに、こういう警報は日本語で出されますから、日本人(現状では1時間以内で対応すると思われる)と外国人とでは避難の速さが違い、その為に日米での退避半径が違うと考えられます(もちろん、避難範囲を広げると国が後日保証しなければならない人が多くなる、という事情もあるかも知れませんが、そういう政治的・裁判手管的考察はここではしません)。
さて、では福島原発での放射能の値がどれだけ上がったら室内退避をすべきでしょうか? 急速に運ばれた放射性ダストが、例えば朝凪夕凪になって居住圏にジグザグしながら浮遊するとして、2時間を想定すれば50ミリSv/時が危険値です。つまり
(5) もしも原発の近くで50ミリSv/時を越えたら風下100km以内(左右60度の扇形)の人は緊急に屋内に退避し、100km以上でも近くの放射能値情報に随時注意する = 赤信号。
では警戒値はどの程度になるでしょうか? この場合、原発での測定が一ヶ所であることを考慮しなければなりません。局所的な高放射能雲なので、一桁の誤差を見積もる必要があります。従って、緊急避難値の1割の5ミリSv/時という事になりますが、この位の値になると、原発正門(測定値のある所)では、事故現場からの直接放射の量が大きくて、浮遊性ダスト起源と区別がつきません。こういう時は変動幅を使うのが常套です。つまり
(6) もしも原発の場所で急に5ミリSv/時以上の変動が見られたら、風下100km以内(左右60度の扇形)の人はなるべく屋内に退避し、100km以上でも近くの放射能値に随時注意する = 黄信号。
となります。
written 2011-3-18
revised 3-19: (1)と(2)を追加
revised 3-21: (5)と(6)を追加
山内正敏
スウェーデン国立スペース物理研究所(IRF)
(日本の研究者が研究室と学会(被災地の研究室)の復旧で手一杯のようですので、海外の私が敢えて発信する事にしました)
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単位について(Gy と Sv)
Sv = Q x Gy
で大抵は Q=1 です。但し、ソースの近く(原子炉の近くとか、放射性ダストの近く)では中性子の事があり、その場合はQ=10です。