イジョンミの世界、わたしのアサツユ。
2005年 12月 12日
イジョンミ(李政美)は、在日コリアン二世の歌手だ。
彼女の歌声と出会ったのは、1988年のこと。清らかな心情あふれる声だった。
わたしが思想と運動に行き詰まって、環境保護運動とフェミニズムの潮流に活路を見出そうとしていた頃、彼女の歌うキムミンギの「朝露」に出会った。
キムミンギ(金敏基・作曲家、作家)の「朝露」は、1970年代の韓国でよく歌われたフォークソング。パクチョンヒ軍事独裁政権のもとで発禁になった曲で、運動圏で歌われたという。ちょうど60年代末日本で岡林信康の「友よ」が歌われたように。
1994年秋「ノーニュークス・アジアフォーラム」日本代表団の一員として、韓国を訪れた時、全羅南道のヨングァン原発の地元で住民集会あと、宿舎での大歌曲交流でこの「朝露」が出たときは思わず感動しました。わたしも車座になって肩を組み、50人近い人々と「朝露」を大合唱したのを覚えています。
何か、玄海灘を越え、2000年の時空を越えた一体感を感じたひとときでした。あの感動は忘れられません。
イジョンミ(李政美)は、こう日本語訳しています。
長い夜をあかし 草葉に宿る
真珠より美しい朝露のように
心に悲しみが実るとき
朝の丘に登り 微笑を学ぶ
太陽は墓地の上に赤く昇り
真昼の暑さは私の試練か
私は行く 荒れ果てた荒野へ
悲しみ振り捨て私は行く
日本の「友よ」は歌われなくなったが、
韓国の「朝露」は、脱原発福島ネットワークのニュースレター「アサツユ」にもなりました。
私は、いつもこの曲の新鮮さとイジョンミの心のこもった歌に励まされて生きてきました。
この夏、長沼町に初めてイジョンミのライブを聴きに行きました。
彼女にそっと「ありがとう」と御礼をいいました。17年目の邂逅でした。
李政美の世界 http://leejeongmi.com/
世代は違いますが初めて聞いた時は涙が出ました。
今でも歌う時は辛い時ばかりなので涙が出てしまいます。
イジョンミの歌も繰り返し聞いているとなみだが出そうになりますがこの涙はなんか自分を励ますような、苦しい気持ちを涙にして心から開放するようなそんな涙です。そんな歌に出会えた事をうれしく感じてます。流し読みをしてしまうこともあるのですが、「イジョンミの世界、わたしのアサツユ」はとても心にしみたブログでした。