元東電会長らの強制起訴求め上申書
2015年 06月 21日
新証拠は、東電本店が作成し、2008年9月に当時の福島第一原発所長だった小森明生元常務などが参加して福島第一原発で開かれた会議で配られた文書。会議は、国の耐震安全性評価への対応を本店の担当部署と福島第一原発幹部が協議したもので、機密性が高い情報として、文書は会議後に回収されていた。文書には、福島第一原発沖合を含む海域で、マグニチュード8クラスの地震津波発生の可能性があるとした政府の地震調査研究推進本部の予測を「完全に否定することが難しい」と記載。「現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避」と記していた。
以下に、提出した「東京電力役員の強制起訴を求める上申書(5)」を掲載。
東京第5検察審査会
平成27年(起相)第1号審査事件
東京電力役員の強制起訴を求める上申書(5)
平成27年(2015年)6月18日
東京第5検察審査会御中
申立人ら代理人 弁護士 河合 弘之
同 弁護士 保田 行雄
同 弁護士 海渡 雄一
上申の趣旨
1 東京地検による平成27年(2015年)1月22日付の東京電力福島原発事故業務上過失致死傷事件の東京電力取締役らの再不起訴処分は,市民の良識の結晶といえる平成26年(2014年)7月23日付の検察審査会の議決を無視してなされたものです。そして,その法的根拠がないと考える根拠は既に提出した上申書4通において詳細に述べたとおりです。
ところが,このたび,東京電力役員の民事責任を追及する株主代表訴訟(平成24年(ワ)第6274号ほか損害賠償請求事件,以下「東電株主代表訴訟」という)において,裁判所の度重なる強い勧告によって,東京電力から,本件に関連した重要な証拠が提出されました。本来であれば,この書証そのものを検察審査会に証拠提出したいところですが,東京電力はこの書証を提出する際に強く抵抗し,証拠そのものを他の手続きに提出することを禁ずる合意を条件に提出されました。しかし,同合意においても,この書証の内容を引用した準備書面を第三者に提供することは,公式に認められています。
よって,申立人らは,東電株主代表訴訟の原告団,弁護団から,同訴訟における準備書面(12)を,本件における証拠として提出し,被疑者らの強制起訴に係わる証拠とすることを求めます。
2 原発の安全性確保,地震津波対策は一般防災対策よりもはるかに厳格なものでなければならず,まれにしか起きない自然事象にも確実に対応しなければならなかったはずでした。しかし,実際には被疑者らは,一般防災対策でも対応されている事象についてすら本件原発の安全対策を対応せず,ましてそのことを十分に認識しながら,会社の最高機密として,内外に隠し通していたのです。
3 申立人ら原発事故被害者は検察審査会による正義の裁き=強制起訴による裁判への道がひらかれ,公開の法廷で,日本の近代史における未曾有の原発公害事件が,事前の対策によって未然に防止できたかどうかが国民の前に明らかにされ,責任のある者らが処罰されることを強く希望しています。
上申の理由
1 次々に東京電力の責任を裏付ける新証拠が明らかに
東京電力役員の刑事責任を追及する福島原発告訴団の闘いの正当性を裏付ける決定的な証拠が明らかになってまいりました。
平成9年(1997年)には7つの省庁がまとめた津波想定方法「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査」で,福島沖の津波地震の想定が政府から指示されていました(平成14年(2002年)年4月21日付上申書⑷)。
平成14年(2002年)年には,政府地震調査研究推進本部(以下「推本」という)による日本海溝沿いの地震予測(いわゆる長期評価)が公表され,東京電力はこれに基づく津波評価を行えば,福島第一原発に10mを超える津波が襲う危険性があることはわかっていました。
平成16年(2004年)末にスマトラ島沖の大地震で大津波が起きますが,平成18年(2006年)9月13日に,経産省原子力安全・保安院(以下「保安院」という)の青山伸,佐藤均,阿部清治の3人の審議官らが出席して開かれた安全情報検討会で,津波問題の緊急度及び重要度について「我が国の全プラントで対策状況を確認する。必要ならば対策を立てるように指示する。そうでないと「不作為」を問われる可能性がある。」(下線は代理人による,以下同じ)と報告されていたことがわかっています(甲16 第54回安全情報検討会資料)。スマトラ島沖の災害を踏まえた発言です(平成27年(2015年)2月24日付上申書87頁)。
平成20年(2008年)6月には東京電力は,推本の想定したマグニチュード8クラスの地震が福島沖で発生した場合,15.7メートルの津波がおそうというシミュレーション結果を得ていました。この結果は,土木調査グループから,平成2年(2008年)6月,武藤副社長(当時)らに報告され,武藤副社長は非常用海水ポンプが設置されている4盤(O.P.+4メートルの地盤)への津波の遡上高を低減する方法,沖合防波堤設置のための許認可など,機器の対策の検討を指示していたのです。東京電力は一度は本格的な津波対策をとろうとしたのです。ところが,翌7月には,武藤副社長は土木調査グループに対し,耐震バックチェックには推本の見解を取り入れず,従来の土木学会の津波評価技術に基づいて実施することとし,推本の調査結果の再検討を土木学会に投げて(実際に依頼書が作成されたのは約1年後の平成21年(2009年)6月のことであり,この依頼が真摯なものでなかったことを裏付けています),対策を先送りしてしまいました。さらに,東京電力の役員たちはこのシミュレーション結果を政府・保安院にすら提出せず,規制担当者にも隠したのです。
この土木学会への検討依頼が,まともな対応といえるのか,単なる時間稼ぎだったのかが東京電力役員の強制起訴の可否についての最終的な争点となっています。土木学会の津波評価部会は電力関係者が過半数を占める原子力ムラの一部であり,東京電力の津波対策の責任者も委員と幹事に選ばれていたところでした(甲15 土木学会 原子力土木学会 津波評価部会 構成)。
2 東京電力幹部の犯罪を裏付ける決定的な証拠
ここにきて,決定的とも言える文書が東京電力役員の損害賠償責任を追及する株主代表訴訟(平成24年(ワ)第6274号ほか損害賠償請求事件)において,裁判所の強い指導によって東京電力から提出されました。それは,平成20年(2008年)9月10日ころ作成された「福島第一原子力発電所津波評価の概要(地震調査研究推進本部の知見の取扱)」という文書で,平成20年9月10日「耐震バックチェック説明会(福島第一)」会議という小森所長をヘッドとする対応会議の場に配布されました。
この議事概要の中に,「津波に対する検討状況(機微情報のため資料は回収,議事メモには記載しない)」とあり,この文書は会議の終了後に回収されたことがわかります。
この文書の2枚目の下段右側に,「今後の予定」として,以下の記載があります。
○ 推本がどこでもおきるとした領域に設定する波源モデルについて,今後2~3年間かけて電共研で検討することとし,「原子力発電所の津波評価技術」の改訂予定。
○ 電共研の実施について各社了解後,速やかに学識経験者への推本の知見の取扱について説明・折衝を行う。
○ 改訂された「原子力発電所の津波評価技術」によりバックチェックを実施。
○ ただし,地震及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると,現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され,津波対策は不可避。
この会議の内容は,極めて重要です。ここでは,「推本がどこでもおきるとした領域に設定する波源モデルについて,今後2~3年間かけて電共研で検討することとし,「原子力発電所の津波評価技術」の改訂予定。」「電共研の実施について各社了解後,速やかに学識経験者への推本の知見の取扱について説明・折衝を行う。」「改訂された「原子力発電所の津波評価技術」によりバックチェックを実施。」という東京電力が現時点で主張している公式見解も述べられていますが,それにつづいて「ただし,地震及び津波に関する学識経験者のこれまでの見解及び推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると,現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され,津波対策は不可避。」とされ,推本の見解が否定できないものであること,より大きな津波高の想定と津波対策が不可避なものであるという認識が示され,土木学会への検討依頼は不可避の対策を先送りするものでしかないことをこの文書は自白しているといえます。このような東京電力の認識を正確に示した文書は,会議後に回収する予定で作成された文書であるからこそ真実が記載されたのだと考えられ,東京電力の幹部,すなわち被疑者らの本音を示すものとして決定的に重要なものだといえます。
3 この証拠は検察審査会の強制起訴決定を支える証拠であった可能性がある
検察審査会は,被疑者勝俣,武藤,武黒に対する起訴を相当とする平成26年7月23日付議決において,次のように認定していました。「④東京電力は,推本の長期評価等について土木学会での検討を依頼しているが,最終的には,想定津波水位が上昇し,対応を取らざるを得なくなることを認識してワーキンググループを開催していることから,土木学会への依頼は時間稼ぎであったといわざるを得ない。」「⑤東京電力は,対策にかかる費用や時間の観点から,津波高の数値をできるだけ下げたいという意向もうかがわれるが,もともと地震・津波という不確実性を伴う自然現象に対しての予測であり,算出された最高値に基づき対応を考えるべきであった。東京電力は,推本の予測について,容易に無視できないことを認識しつつ,何とか採用を回避したいという目論見があったといわざるを得ない。」(平成26年(2014年)7月23日 議決の要旨 8頁)
このメモに示されている認識を正確に反映しています。おそらく検察審査会が起訴相当の判断に達した最大の根拠も,このメモにあったかもしれません。この証拠は,私たちはこれまで目にすることはできませんでしたが,捜査記録の中にも必ずあるはずです。検察審査会の委員のみなさま,必ずこの証拠を自らの目で見た上で判断の材料として下さい。
4 「耐震バックチェック説明会(福島第一)」に示された認識は東京電力の最高幹部に共有されていたと考えられること
ここで最後に,考えられる被疑者らの弁解について,検討を加えておきます。この「耐震バックチェック説明会(福島第一)」には,東京電力の福島第一の所長と本店の氏名不詳の幹部らしか出席しておらず,前記の認識は被疑者ら最高幹部らには伝えられていなかったという弁解が考えられます。
しかし,このような弁解は成り立ちません。
この会議で最も重要なことがらは,「機微情報のため資料は回収,議事メモには記載」しないとされた津波に関する事項であることは明らかであり,回収された資料の内容は最高幹部まで閲覧に供され,そのことについて証拠は残されなかったはずです。それが,東京電力のように高度に官僚化された組織の情報共有の原理であり,このような重要な情報を最高幹部に伝えないはずがありません。仮に伝えていないのであれば、そのことだけで、内部統制システムの構築義務違反を問われかねません。
このことは,同時に東電株主代表訴訟において東京地裁に証拠提出された平成21年(2009年)2月11日の「中越沖地震対応打ち合わせメモ」によっても裏付けられます。
原告準備書面(12)に引用したように,このメモには,福島第一,第二原発の耐震バックチェックに関するやり取りがあります。これは,検察審査会の起訴相当議決にも一部引用されていたやり取りですが,その全貌が明らかになりました(平成26年(2014年)7月23日 議決の要旨 5頁)。
この会議で配布された,平成21年2月11日付け「福島サイト耐震安全性評価に関する状況」において,下記事項について,同資料6頁〈参考〉耐震安全性評価報告書の構成(一般的構成)の表の枠外に,手書きのメモがあります。この手書きメモは,誰が記入したものか判然としませんが,出席者の誰かであると想定されます。手書きメモは,以下の記載のように読めます。
「屋外重要構造物の耐震安全性評価」,「弾性設計用地震動Sdに対する検討」「地震随伴事象(周辺斜面の安定性)」の部分について「福島県との相談マター」と手書きの書き込みがあります。
「地震随伴事象(津波)」の部分について「「問題あり」「出せない」「(注目されている)」と書き込みがあります。
この会議は,前記の「耐震バックチェック説明会(福島第一)」の約5ヶ月後の会議であり,この会議には勝俣会長,清水社長,武黒本部長,武藤副本部長,小森所長らが全員出席しています。
福島第一原発,第二原発の耐震バックチェックに関して,津波問題を主に議論がなされていたことが判明しています。この書き込み部分も,この時の誰かの発言であると考えられます。このメモによると,当時福島原発に関しては津波について「問題あり」「出せない」「(注目されている)」という状況であったことがわかります。この対応は,「耐震バックチェック説明会(福島第一)」の会議で,津波関係の情報を機微情報として資料を回収したのと同様の対応が続けられていたのです。
この点からも,前記の「耐震バックチェック説明会(福島第一)」で回収された資料に示された認識は,被疑者ら東京電力の最高幹部らによって共有されていたことは疑いありません。
5 結論
告訴団の武藤類子さんは第二次告訴1の記者会見で「政府の事故調査委員会の調書が公開されるなど,新たな証拠が次々と出てきている。検察はきちんと調べて真実を明らかにしてほしい」と求めました。しかし,平成27年(2015年)4月3日には東京地検古宮検察官による不起訴処分がなされました。まともな捜査は全くなされませんでした。
我々は本件において,東京電力の勝俣,武藤,武黒の3名の強制起訴を検察審査会に強く求めていますが,同時に彼らの直属の部下であり,本件において中枢的役割を果たした東京電力と保安院関係者についても,その起訴を求めて貴検察審査会に同時に申立てをしています。すなわち,被疑者酒井俊朗,同高尾誠らは,東京電力株式会社の福島第一原子力発電所の津波対策の検討実施に当たっていた者であり,被疑者森山善範は平成20-21年(2008-2009年)当時,保安院原子力発電安全審査課長,ついで保安院審議官,同名倉繁樹は保安院原子力発電安全審査課審査官,同野口哲男は保安院原子力発電安全審査課長の立場にあった者であり,本件の被疑者武藤,武黒,勝俣らと共同して,福島第一原発の運転停止又は設備改善等による安全対策を講じて,大規模地震に起因する巨大津波によって福島第一原発において非常用電源の冠水などに起因する炉心損傷等の重大事故が発生するのを未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,必要な安全対策を講じないまま漫然と東京電力関係者らは福島第一原発の運転を継続し,また保安院関係者は運転の継続を認めた過失があると私たちは主張しています。
私たちは,被疑者らの起訴相当の決定の根拠は第1回の決定時と比べても,格段に厚いものとできたと自負します。この証拠関係に基づけば,被疑者ら3名の有罪判決が得られる高い見通しがあると確信しています。よろしくご審議のほど,そして被疑者ら3名の強制起訴のご決定をお願いいたします。
以上
添付書類
1 東京電力株主代表訴訟 原告準備書面(12)