起訴の議決を求める上申書(続き)
2016年 06月 15日
前回は以下
http://skazuyoshi.exblog.jp/24461559/
福島検察審査会
平成28年(申立)第6号審査事件
上申書(2)
―申立書の補充―
平成28年(2016年)6月15日
福島検察審査会 御中
申立人ら代理人 弁護士 河合 弘之
同 弁護士 保田 行雄
同 弁護士 海渡 雄一
同 弁護士 甫守 一樹
同 弁護士 大河 陽子
第3 アメリカでは事故の際,事業者の責任が厳しく問われている
1 アメリカ スリーマイル島事故の場合
日本においては様々な原発関係の事故において,事業者の刑事責任が問われたことはほとんどありません。これに対して,アメリカでは事故の際,事業者の責任が厳しく問われています。
今も世界中に知られるスリー・マイル・アイランド2号機(TMI-2)の原子炉事故が発生したのは昭和54年(1979年)3月28日です。この事故においても規制や法令の違反がいくつも発生し,あるいは関連の調査に付属して過去の違反が発覚し,裁判の場において審理されました。NRC(アメリカ合衆国原子力規制委員会)による送検,法務省と連邦大陪審による起訴も多数の件数に上ります。以下,本件と関連したものを紹介します。
2 スリーマイル事故に対する罰金
事故が発生した年の10月25日,規制者(NRC)が運転事業者(メトロポリタン・エジソン社)に対して違反通知書を送り,当時の法定最高額だった155,000ドルが罰金として科されています。事業者は一旦拒みましたが,12月15日になって支払いに同意しました。
なお,罰金の上限が155,000ドルだったのは,当時は今ほどまだNRCの罰則が厳しくなかったためです。
3 放射性物質放出の違法性認定
事業者は昭和55年(1980年)6月から7月にかけて11日間,放射性クリプトン(Kr-85)を含む合計1,591TBq(43,000Ci)の放射性物質で汚染した空気を浄化処理なしに大気に放出したことの違法性を問われ,同年11月,違法であるとの判決が出されています。
同年,事故で発生した2,650トンの汚染水をサスケハナ川に放出しようとする事業者の計画に対し,市民団体のサスケハナ渓谷連合が阻止の働きかけをし,同計画は中止されています。
サスケハナ川は,TMI-2が立地する島も含め,その上流下流に多数の中州を浮かべ,幅も所々が3km程にも及ぶ大河です。そして,南東に80kmほど流れて注ぐのは,全米でも有数の好漁場にして美しいリアス式海岸のチェサピーク湾です。もし市民団体の反対を押し切って大量の汚染水を流していたならば,もう一つの重大な罪過を加えることになっていたでしょう。
4 認定証の更新試験における不正に対する罰金
昭和58年(1983年)7月22日,TMI-2の運転責任者が昭和54年(1979年)の運転許可認定証の更新試験で不正を行なっていた事実が発覚しました。
当該の運転責任者は,昭和59年(1984年)6月15日,連邦大陪審に個人的に起訴され,同年11月16日,連邦裁で有罪判決を受けました。関連して事業者がNRCに対し虚偽文書を提出していたことから,140,000ドルの罰金を科されています。
その後も多くの事件を巡る係争が続きますが,平成2年(1990年)1月13日,事業者は,作業者の過剰被曝の問題で50,000ドルの罰金を科されています。
5 デイビス・ベッセ原子力発電所の原子炉圧力容器上蓋の劣化問題―人々を不当なリスクにさらしたことが重大な罪(罰金,懲役)
⑴ アメリカにおける事例を佐藤暁氏が科学2015年2月号(Vol.85 No.2)の連載第6回「たった(?)99.9%の安全性」(添付資料3)において,次のように報告しています。
「2002年3月5日,米国のオハイオ州にあるディピス・ベッセという原子炉(PWR)に,世界中の関係者を驚かす現象が発見されました。原子炉容器上蓋とこれを貫通する制御棒駆動機構の外筒との隙聞に,取り付け部の溶接のひび割れから漏れた水が染みだす過程でその水に含まれるホウ酸が濃縮され, どんどん酸度を増して上蓋を溶かし,とうとう猫が潜り込めるほどの穴ができていました。上蓋の内側には厚さ約1cmのステンレス鋼の内張りがあり,これだけが酸に侵されずに持ち堪えていましたが,圧力で膨れ上がっているのが肉眼でもわかるくらいだったため,誰もが内心思ったことは,「もしこの内張りが破裂していたら……」という事態でした。そうです,原子炉冷却材喪失事故(LOCA)の寸前と思われたのでした。」
前号の「レガシー・イシュ-」に登場した講師(架空)の言によれば,LOCAは「設計基準事故であり,いつでもその事態に対する備えはできているはずです。ところが,間年9月4日,ECCS系の取水サンプが閉塞しそうな状態だったことが指摘され,さらに10月22日には高圧系ECCSのポンプ(HPCI)(引用者注:原典には「HPI」とありますが,正確には「HPCI」であると考えられます。)に問題が見つかりました。結局,LOCA後の原子炉を救うはずのECCSの高圧系も低圧系も,おぼつかない状態だったのです。
この問題で事業者のファーストエナジ一社は,545万ドル(6億円以上!)の罰金をNRC(米国原子力規制委員会)に科せられます。しかも,背景にはNRCに対する虚偽報告もあったため,事業者と関係者の3人は,NRCによって司法省に書類送検されます。事業者は司法取引で,罰金2370万ドル,自然保護活動への寄付金430万ドルを支払い(合計30数億円!)早々に幕引きをしましたが,会社に解雇された3人のうちの1人には,懲役25年が求刑されます。名前も,夫人同伴の顔写真もメディアに公開されました。確率論的リスク評価に従えば,99.4%は炉心損傷に至ることがないと評価された事象でしたのに,厳しい制裁が加えられたのです。」とされています。
⑵ 原子炉事故に至った訳でも,周辺環境に放射性物質を放出した訳でもありませ
んでしたが,NRCが平成17年(2005年)年4月に事業者に送った違反通知書
の罰金額は5,450,000ドルでした。
周辺住民への身体的,経済的,精神的な実害がなければ罰則が行使されないというものではなく,人々を不当なリスクにさらしたという事が重大な罪に相当するのです。
最新のNRCの行政処分マニュアルによれば,1件の違反1日当り罰金額140,000ドルとあります。捏造や隠蔽のたぐいは,当人が直ちに法務省に送検され,法務省は高額の罰金と20年以上に及ぶ場合もある懲役を求刑して裁判所に起訴するのです。
6 アメリカにおける原発汚染水の監視
ニューヨーク州にあるインディアン・ポイント原子力発電所の場合,1,2号機の使用済燃料プールの水が亀裂から漏れ出し,セシウム,ストロンチウム,トリチウム等の放射性核種が地下の透水層に乗ってハドソン川に流れました。他にも埋設タンク,配管が劣化で損傷し,漏洩を起こしました。
ヴァーモント州にあるヴァーモント・ヤンキー原子力発電所の場合も,地下の埋設管が劣化で損傷して漏洩を起こし,トリチウムで汚染した地下水がコネチカット川に注ぎました。
両ケース共,勢い良く流れる水脈がある訳ではなく,発生地点から川にたどり着くまでには核種に応じてある程度時間がかかるため,その前に不透水層の窪地に井戸を掘って汲み上げる処置が採られています。
また,敷地内には,設備のレイアウトと不透水層の深さを考慮して,数十ヵ所にサンプリング井戸が設けられ,定期的に地下水を採取,分析をして異常の早期発見に努めています。敷地外への放射性物質の放出を監視しなければならない要件は日本も米国も同じですが,敷地の境界は地表に描かれる線ではなく地下にも及ぶ面と考えているのが米国です。
よって,地下水に乗って敷地外に流出する放射性物質も監視の対象からは除外できません。ちなみに,濃度限度に関しては日本よりも米国の基準の方が厳しいのです。水中濃度の場合,トリチウム(H-3)に対し37Bq/cm3,ストロンチウム(Sr-90)に対し0.0185Bq/cm3,セシウム(Cs-137)に対し0.037Bq/cm3 となっています。
第4 地検不起訴理由における初歩的な科学的誤謬
1 フランジ型タンクは丸ごと違反
福島地検の決定文には誤りが多く散見されます。
佐藤暁氏の意見に沿って,以下に指摘します。
例えば「フランジ形タンク」は,そもそも丸ごと違反の代物であり,パッキンやフランジ面のうねり,ボルトのトルク云々の議論は本質的な問題ではありません。弁もホースも同様です。「フランジの熱膨張・収縮の影響でボルトのトルクが低下」(甲34の別紙における「第2 告発事実第1」の「4 過失」の「(2)本件事故の原因等」)とは,素人丸出しの推論です。
タンクの外に設置される「堰」は,本来,タンクが決壊してあふれ出る容積を全て包容できなければその名が使われる要件を満たしません。タンクからの「漏洩」はもちろん監視しなければなりませんが,本来は,その水面から蒸発するトリチウムも監視しなければならないはずです。
少なくとも,緊急事態が去った後には直ちに移し替えるべきでした。
2 地下水が海に達するまで相当の期間を要するとの理解は大きな誤り
「地下水が海に達するまで相当の期間を要する」(甲34の別紙におけるにおける「第2 告発事実第1」の「1(2)ア」)との理解も大きな誤りです。
福島第一原発1~4号機の一帯における地下水の挙動は,上述のインディアン・ポイントやヴァーモント・ヤンキーの場合とは全く異なり,佐藤氏に助言をした専門家によれば,西の阿武隈山地から日々1,000トンが供給され,単に透水層に溜まっているのではなく水脈を形成して海に流れているのです。そうでなくても数週間と要するものでないことは,正にヴァーモント・ヤンキーの記録を調べれば即座に理解できます。
もちろん,土壌の鉱物成分によってストロンチウムやセシウムは或る程度吸着されます。それでもなお,数百m~数kmにわたり広がっていく事は,インディアン・ポイントやワシントン州にある米国エネルギー省ハンフォード施設の記録が裏付けるところです。
「検出限界未満」とは字のままであり,低い感度であるが故に検出しなかったに過ぎません。検出しようとさえ思えば,8,000km彼方の海水からでも,12,000km離れた地点の大気からでもできるのです。福島第一原発の沖合の海底土から検出されたセシウムも,海底に棲息していたアイナメから一層高い濃度で検出されたセシウムも由来は全て福島原発事故です。
確かに敷地から雨水,地下水となって流れ出たものばかりではなく,北の請戸川や南の熊川から運ばれたものの寄与も大いに有り区別はできません。しかし,それで関連性の証明ができないとして,法的責任が問えないとするなら,10人が乱射した大量殺人の現場には誰も犯人がいなくなるのではないでしょうか。
因果関係を否定した検察官の判断は誤りです。
3 「地下水の水位が建屋滞留水の水位よりも高い状態を保っていれば,水圧差により,地下水は建屋に流入するが,滞留水は建屋から流出しない」とはいえない
「建屋周辺地下水の水位が建屋滞留水の水位よりも高い状態を保っていれば,水圧差により,地下水は建屋に流入するが,滞留水は建屋から流出しない。」(同別紙におけるにおける「第3 告発事実第2」の「1」)とはいえません。
検察官は鏡のような湖面でも思い浮かべているのでしょうか。実際のところ,南北と東西がそれぞれ数百mある一帯の地下水面は複雑に凹凸し,北から南に流れるところもあれば南から北に流れるところもあるのです。西から東に流れるところがあれば東から西に流れるところもあります。
昨日の流れと今日の流れが正反対ということもあるでしょう。建屋内の水位も同様です。大雑把な理解としてならば良しとしても,敷地の外に放出可能な濃度限度にするため何十万倍も希釈されなければならない高濃度の汚染水については,数百,否,数十リットルの漏洩でさえも無視はできないものなのです。
第5 今後,原発における汚染水対策として求められていること-起訴の必要性
1 最後に,佐藤氏の教示により,今後,原発における汚染水対策として求められていることをまとめておきます。なお,被疑者らの過失は既に申立書で指摘したとおりですので,この項目では,今後の対策として求められていることについて述べます。
第一に,敷地内の地質・水文学上の調査を入念に行ない,不透水層の凹凸と乾期及び多雨期の地下水流を把握することです。アメリカでは既に10年以上前にこれを終わらせており,フランスでもASNがその実施を各原子力発電所に指示しています。なぜなら,この課題は本来,立地審査とも関連を持つからです。日本の場合,原子炉建屋の最低階が海面下30m以上の所もあります。地下水面は,はるかその上にあるので,絶えず地下水の浸入にさらされており,たとえて言うならば,穴の空いた巨船の船底のようなものなのです。本来は,原子力発電所の立地場所として適しているか否かの検討を要する問題なのです。
第二に,敷地内に埋設された構造物や配管,ダクト,トレンチ等に関する古い情報を収集し,現状を把握する事です。なぜなら,福島第一原発事故が実証したように,事故が発生した際,これらが思いがけない通り道になるからです。
第三に,敷地内の適切な場所にサンプリング井戸を設け,定期的に採水と分析を行なう事です。この対策も米国では既に10年以上前から慣行となり,第三者による分析ができるように,試料のアーカイブも保存している点も,併せて見習うべきです。この分析で放射性物質が検出された場合には,上述の地質・水文学の調査結果と解析コードを用い,地中での拡大や移動方向,速度を推定し,効果的な回収方法を定める事ができるのです。
第四に,サブドレン回収機能の喪失に備え,その場合の地下水浸入を防ぐか,少なくとも最小限に抑えるため,建屋地下の水密性を強化する事です。更に,サブドレン回収機能の信頼性向上のため,ポンプ電源の強化やディーゼル・ポンプによるバックアップも用意する事です。更にもう一段のバックアップとして,地下水流の建屋上流側に井戸を掘削し,そこからポンプを使って揚水する事で地下水面を下げ,建屋への地下水浸入を防ぐか最小限に抑える用意をする事です。
第五に,建屋内に溜まる汚染水を回収し浄化処理する為の設備を事業者グループとして一式用意し,必要時に迅速に動員できる様保管,維持する事です。当該の設備はモジュール式に分割された設計とし,現地に短時間で組み立てて使用されるものとすることです。福島第一原発事故では米仏の迅速な支援に救われましたが,あの事故を経験した以上,今や自力対応ができる体制でなければなりません。
第六に,汚染水を貯えるタンクを製作するための材料一式を事業者グループとして確保し,必要時に短時間で製作するための設計を完成し,あらかじめ規制機関の承認を得ておくこと,当該設計図面に従って速やかに製作する工場を国内に複数箇所確保しておくこと,汚染水を移送するための系統を構成するポンプ,ホース,弁,計器等一式も事業者グループとして確保し,それらを緊急時に使用することができる事の確認と承認をあらかじめ規制機関から得ておくことです。各事業者は,タンクの設置予定場所を確保し,汚染水移送系統のレイアウトを決めておくことです。
2 これらの汚染水対策が採られるためには,まず,本件における東京電力とその責任者らの刑事責任を明らかにすることが必要です。
すなわち,汚染水漏洩の責任を問わなければ,東京電力とその責任者らは,汚染水漏洩行為には何ら問題がないとして,汚染水を漏洩し続けるでしょう。そうすると,福島の人々の生命,健康が半永久的に侵害され続けてしまい得るのです。これに対して,東京電力とその責任者らに刑事責任を問うことによって,汚染水の漏洩の責任の所在・責任の重さを明らかにすることができます。責任が明らかになることによって,東京電力とその責任者らは,汚染水対策に真剣に取り組まざるを得なくなります。これによって,福島の人々の生命・健康が守られるのです。
これ以上,福島の人々が苦しむようなことがあってはなりません。東京電力及びその責任者らは,一刻も早く,汚染水対策に真剣に取り組まなければならないのです。
3 以上のとおり,東京電力及びその責任者らが汚染水対策に真剣に取り組み,そのことによって福島の人々の生命・健康を守るために,被疑者ら(東京電力及びその責任者ら)を起訴し,責任を問うことが必要なのです。
第6 結論
汚染水に含まれる放射性物質は,上記のとおり極めて大量であり,太平洋全体の汚染が懸念されるほどです。この汚染水の漏洩は,事故収束と汚染水管理の責任を負っている被疑者ら(東京電力及びその責任者ら)が必要な初歩的な注意義務を怠り,無策のまま,対策を先送りしたことによるものです。まさに公害罪法違反の犯罪です。
アメリカにおいては、上記のとおり、放射性物質の放出がなくとも、また身体的、経済的、精神的な実害がなくとも、人々を不当なリスクにさらしたこと自体が重大な罪に相当します。不当なリスクにさらされることから人々を守らなければならないことは、アメリカでも日本でも同様です。本件では、汚染水の漏洩に伴う放射性物質の放出があり,人々の生命・健康は,既に危険にさらされているのです。被疑者らが責任を負うのは当然です。
被疑者らに責任を問わなければ、またしても福島の人々の生命・健康は侵害される可能性があります。福島の人々の生命・健康を守るために、被疑者らを起訴し、責任を問うことが必要なのです。審査員の皆様が,福島の人々の運命を握っています。審査員の皆様には,公正かつ徹底した審理をして頂けると期待しています。
以上のとおり,起訴することを相当とする多くの事情がありますので,起訴相当の議決をされるように強く求める旨を上申します。