共謀罪法案、海渡参考人の公述
2017年 05月 16日
共謀罪法案なしで、国連越境組織犯罪条約は批准できる。
海渡 雄一
1 なぜ法案に反対するのか
組織的犯罪処罰法改定案、いわゆる共謀罪法案 について公述の機会をいただいたことに感謝します。私は、日弁連の共謀罪法案対策本部の副本部長を務めておりますが、本日の意見は、日弁連の意見として断らない限り、私の個人的な意見であることを最初にお断りしておきます。
まず、なぜこの法案に反対なのかということからお話しします。
刑法は、犯罪の定義を定めていますが、裏返せば、人の行動が自由である範囲を定めているのです。犯罪とは人の生命や身体自由名誉に被害を及ぼす行為と説明されてきました。
法益の侵害又はその現実の危険性が生じて初めて事後的に国家権力が発動されるというシステムは,我々の社会の自由を守るための制度なのです。
約300もの多くの犯罪について共謀の段階から処罰できることとする共謀罪法案は、既遂処罰を基本としてきた刑法体系を覆し、人々の自由な行動を制限し、国家が市民社会に介入する際の境界線を、大きく引き下げるものです。(参考資料1)。
次に、人と人とが犯罪の合意をする手段は、会話、目配せ、メール、LINEなど、人のコミュニケーションそのものによってです。その合意の内容が実際に犯罪に向けられたものか,実行を伴わない口先だけのものかどうかの判断は,犯罪の実行が着手されていないわけですから、大変難しい判断となり、その捜査は,会話,電話,メールなど人の意思を表明する手段を収集することになります。予算委員会では、法務大臣は共謀罪を通信傍受の対象とするかどうかは、将来の課題であると明言しています。私たちの危惧は決して杞憂ではないのです。
2 テロ対策について
国連越境組織犯罪防止条約の目的はマフィアなどの経済的な組織犯罪集団対策です。この条約はテロ対策の条約ではありません。
日本は、国連の13主要テロ対策条約についてその批准と国内法化を完了しています。法案には2月の段階でも、テロの文字は全くなく、法案提出直前に「テロリズム集団その他の組織犯罪集団」という言葉を法案に入れ込みましたが、この修正にはテロの定義もなく、法の適用範囲を限定する意味は全くありません。
政府は1月の国会審議の中で、共謀罪を作らないとテロは防げないとして、ハイジャック犯人が航空券を買ったり、危険な化学物質の原料を調達しても、その予備罪で検挙することはできず、テロ等準備罪が必要であると説明しました。しかし、特別刑法の権威ある注釈書に、これらは典型的な予備行為として掲げられており、政府の説明は間違いでした。政府は、テロ対策の穴を具体的に指摘できていないのです。
森林法、所得税法や著作権法など組織犯罪やテロとは全く無縁で、未然防止が必要とは考えられない多くの犯罪について共謀罪を作ることが本当にテロ対策でしょうか。テロ対策として、空港保安対策の強化など、もっと別にやるべきことがあるのではないでしょうか。
政府が、この法案制定の最後のよりどころとする、UNODCから寄せられた口上書に対する答弁においても、「犯罪の規定ぶりは,締約国の国内法に委ねられている。本条約の犯罪化の要求を満たすために、国が定める国内法上の犯罪は,必要な行為が犯罪化される限り,本条約と全く同じ方法で規定される必要はない」と述べられています。必要な行為が犯罪化されれば足りるのです。
日本政府の2003年法案が国連のガイドに沿っていなかったことは明らかです。実は、このガイドは2004年に出版されており、国内法制定の検討が開始されたのは2002年でした。国内法案の制定を急ぎすぎたため、このガイドを参照することができなかったのです。私は、立法ガイドだけを根拠に、新たな共謀罪立法が不要と言っているわけではありません。
政府は長期4年の刑を定めるすべての犯罪の共謀罪の制定が条約批准のために不可欠という立場を放棄したのですから、どれだけの立法が必要なのかを、明確な基準を示して絞り込みの議論をしなければならないはずです。
3 国連条約と我が国の組織犯罪対策
そもそも条約5条は何を求めていたのでしょうか。この条約5条は推進行為付きの共謀や参加のどちらかの立法化を求めていると説明されますが、組織犯罪集団の関与が想定される重大犯罪について、未遂に至る前に処罰可能であることを加盟国に求めているのだと思います。このことは、条約第5条1項(a)には、犯罪目的を認識して団体に参加する罪と共謀罪の二つの選択肢を設けていますが、これに括弧書きで(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)と注記されていることで裏付けられます(参考資料8)。そして、この条約は国内法の原則に従って実施すれば良いことは、条約34条に明記されています。
条約審議以前に広範な共謀罪が制定されていた国は、イギリスとアメリカとカナダくらいです。そして、条約批准のために新たに共謀罪を制定したのは、ノルウェーとブルガリアしか報告されていません。多くの国々は、それぞれの国内法をほとんど変えないで条約を批准しているのであり、日本もそうすれば良いのです。
日本には、テロや暴力犯罪など、人の命や自由を守るために未然に防がなくてはならない特に重大な犯罪約70については、共謀・陰謀罪20,予備・準備罪50があり、これにより、重大な組織犯罪、テロ犯罪の未遂以前の段階はおおむね処罰可能となっています。
暴力団対策法や全国で制定されている暴力団排除条例なども含めれば、日本の組織犯罪対策は、銃器の所持すら認められているアメリカと比較しても、決して遜色のない立派な法制度だと私は思います。
日弁連は、これ以外に、人を殺傷する犯罪の予備段階を独立罪とした銃砲刀剣所持取締法、凶器準備集合罪や、重大窃盗の予備段階を独立罪化したピッキング防止法などがあることにも着目しています。
これまで、日弁連は日本の制度は約70の共謀罪と予備罪、参加罪に類似した暴力団対策、重大犯罪の予備段階を独立犯罪化した犯罪類型があり、これらを総合すれば、条約の要求を満たしていると説明してきました。
4 民主党政権のもとにおける予備罪創設による批准のための努力
日弁連も政権交代時の民主党も、新たな立法は必要ないと述べていましたが、2011年11月7日には、民主党政権のもとで、平岡法務大臣は、法務省・外務省の関係部局に対して条約の目的・趣旨に基づいて防止すべき罪に対して、既に当該罪について共謀罪・予備罪があるものを除き、予備罪を創設することには、どのような問題があるか検討を指示しました。平岡元大臣の調査によれば、サウジアラビア、パナマは、このようなケースのようです。法務省稲田刑事局長は、2011年11月9日 衆議院予算委員会審議において、石破自民党幹事長の質問に「平成十七年に提出した際の考え方というのは一方にあるわけでございますが、ただいま大臣からも御答弁がございましたようなことを踏まえて今後やっていかなければいけないというふうに考えているところでございます。」と答弁し、この提案を受けて一定の作業をしたと聞いています。
法務省は、この提案を受けて一定の作業をしたと聞いていますので、その作業経過も明らかにされるべきです。
5 民進党の新たな提案
この国会に民進党は組織的人身売買と組織的詐欺の二つの犯罪について、予備罪を設けるという提案をされました。このような提案について、5月12日の法務委員会審議において、畑野君枝議員の質問に対して、外務省の水島氏は、「この推進行為に予備罪を当てるという提案について、客観的に相当の危険性が認められる程度の準備が整えられなければ、処罰ができないので、この条約5条の趣旨に反するおそれが高い」と答弁されています。
しかし、これは、過去の政府の答弁とも異なります。2005年10月21日の衆院法務委員会で神余隆博氏は「オバートアクトのかわりに予備行為を要求することが条約の趣旨に反するか否かといつたことについては、確たる定義はない」と述べていたのです(平岡秀夫・海渡雄一『新共謀罪の恐怖』250ページ)。
そもそも合意を推進する行為について、どのような行為を法的に要求するかは、各国が国内法の原則に基づいて判断できる事柄です。
6 組織的人身売買罪と組織的詐欺罪を選択したことの合理性
新たに予備罪を制定すべき犯罪として、組織的人身売買罪と組織的詐欺罪を選択したことにも、十分な根拠があると考えます。
すなわち、最終的には条約本文に残されませんでしたが、条約に重大犯罪のリストを記載すべきであるとの意見が、エジプト政府などから提案されていました。このリストは、かなり多くの国々の支持を集めました。ただ、ここにテロ関係の犯罪が含まれていたために、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、日本など多くの国々から、テロ犯罪を入れることについて反対する意見が出され、合意に至りませんでした。(参考資料3)。
ただ、テロ関係以外の犯罪については、反対意見もなく、これにさらに追加を求める意見もなかったのです。このリストは条約制定過程の公式記録にも掲載されており、この条約が未然に防止すべきと考えていた犯罪がどのようなものであったか、このリストに明らかです。
長期4年以上の刑を定める676の犯罪から、組織犯罪集団の関与が想定される犯罪の絞り込みを行うとすれば、このリスト以外に、条約審議過程に裏付けられた有効な資料はないのです。そして、私の見るところ、このリストの中で予備段階の処罰ができていないのは、人身売買と金融機関に対する詐欺なのです。
さらに、日弁連と法務省が新たな立法は不要であるとの意見を公表した直後に、これに反論した法務省の2006年10月16日付のペーパーでは、組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪には多種多様な犯罪があり、現行法上、予備罪、共謀罪等が設けられているのはその中の一部のみに過ぎず、例えば、犯罪組織が行うことが容易に想定できる詐欺罪や人身売買に関する犯罪等については、現行法上、予備罪も共謀罪も設けられていないことを指摘していました。法務省もこの重大犯罪リストを見ながら、足りないのはこの二つだとお考えになったのではないでしょうか。
二つの予備罪を加えることで、日本では合計74の重大犯罪について未遂以前の処罰ができることになります。これは、外務省の調べた重大犯罪の数として、スペイン46を上回っています。外務省が数えたとされる数字でも70-100程度の国もあり、特に少ない数字ではありません(参考資料4)。
今回の民進党の提案は、平岡元法務大臣による指示に沿って立案されたもので、バランスがとれ、我が国のこれまでの刑事法の法原則にも合致するものです。私は個人的にはこれに賛成です。このような抑制のとれた考えに基づいて、与野党の真剣な協議をしていただきたいと思います。
7 自民党小委員会案などについて
2007年の自民党小委員会案では密告奨励と批判された、必要的自首減免規定は修正され、対象犯罪は128にまで絞られた案が示されていました(参考資料7)。それで良いとは言いませんが、政府与党の姿勢が、後退していることは強く指摘せざるを得ません。
私は沖縄ですでに弾圧の道具に使われている威力業務妨害罪に注目したいと思います。1999年に制定された組織犯罪処罰法によって、組織的威力業務妨害罪、組織的強要罪、組織的信用毀損罪が作られ、法定刑が長期3年から引き上げられ、共謀罪の対象犯罪とされました。これらの犯罪は、もともと構成要件があいまいで、弾圧法規として使われてきた問題のある犯罪です。これらの罪の共謀罪は労働運動や市民運動に対する一網打尽的な弾圧を可能にする点で、これらだけで治安維持法に匹敵する危険性を持っています。自民党の小委員会案では、これらの犯罪は共謀罪の対象から外されていたのです。なぜ、このような共謀罪が復活しているのでしょうか。組織的威力業務妨害罪、組織的強要罪、組織的信用毀損罪の共謀罪は真っ先に削除するべきです。
8 まとめ
本日の公述では、法案に関する問題点を提起させて頂きました。この法案には、刑事法学者やメディア関係者を含め、多くの国民が疑問と不安を覚えています。2005/6年の国会では、真剣な審議と協議がなされました。そして、小泉純一郎首相と河野洋平衆院議長の話し合いと決断によって、法案の強行採決はなされませんでした。
ことは、一国の刑事法体系を崩しかねない重要問題です。民進党の提案された予備罪の追加法案だけで、条約を批准しても、他国の例を踏まえれば、国際的には問題は全く起きるものではありません。政府法案の修正案を決して強行採決することなく辛抱強く国会審議を尽くして頂き、日本の国の人権保障と民主主義の未来に禍根を残す法案の成立は断念されるよう訴え、私の公述とします。