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東電刑事裁判の展望、原子力災害伝承館展示の問題点ー海渡雄一弁護士

 東電刑事訴訟支援団弁護団の海渡雄一弁護士から「いわき、富岡、双葉、南相馬、福島の旅」が届きましたので、ご紹介します。
 第1回『映画「東電刑事裁判 不当判決」上映と、東電刑事訴訟支援団主催、刑事裁判の現状と展望についての講演と対話の会のご報告』、第2回『福島県立東日本大震災・原子力災害伝承館展示の問題点と克服のための課題』です。


いわき、富岡、双葉、南相馬、福島の旅
第一回
映画「東電刑事裁判 不当判決」上映と、東電刑事訴訟支援団主催、刑事裁判の現状と展望についての講演と対話の会のご報告

 12月19,20日の週末、告訴団の武藤類子さんたちと一緒に、19日には、いわきから帰還困難区域を経由して、ことし9月に双葉町の海岸にできたばかりの「福島県東日本大震災・原子力災害伝承館」を訪問しました。加藤官房長官の視察と重なるというハプニングもありました。その後、双葉から南相馬を経由して、福島に向かい、福島で宿泊しました。翌20日には、福島市内の映画館フォーラム福島で、河合弘之監督の映画「東電刑事裁判 不当判決」上映に合わせて、東電刑事査証支援団主催で、刑事裁判の現状と展望に関する私の講演とこれに対する質問と対話の機会を持ちました。
 二日間、福島を旅して、福島原発事故について、改めて考える機会となりましたので、二回に分け、まず河合弘之監督の映画「東電刑事裁判 不当判決」上映に合わせて開催された、講演と質疑の会について、とりわけ面白い質疑になりましたので、質疑部分を報告します。
 伝承館についての報告と私の意見は、第二回にまとめました。

Ⅰ はじめに
 コロナ禍のなかでの開催であり、折からの雪もあり、遠くからの参加は望めず、スタッフを含めて50人ほどの集まりでした。
30分の映画上映のあと、私は、50分の講演を行い、さらに30分ほどの質疑をしました。
 映画会の後、フォーラム福島の支配人の阿部泰宏さんから、「この映画館では、「日本と原発」「日本と原発四年後」「日本と再生」を上映してきた。河合監督・Kプロジェクトの映画は、映像がきれいだし、弁護士が作った映画で論理的だが、遊びがあって飽きさせない、映像の芸術的なセンスも素晴らしい、今回の映画も、時間はわずか30分だが、普通なら一時間程度かけて描く話を、分かりやすく切り縮めている。すごい。」とお褒めの言葉をいただきました。映像のプロからの過分な賛辞がとてもうれしかったです。「河合さん、拝身風太郎さんにも伝えます」と、お礼を述べて、福島を後にし、東京に帰ってきました。

Ⅱ 講演の骨子
 講演の内容は昨年11月に作ったこの映画を補足し、東電刑事裁判の控訴後の経過、指定弁護士の控訴審における控訴趣意書の内容、津波の予見可能性についてと津波対策工事について新たな立証の柱などを紹介するものでした。
12月に出版した新刊本「東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか」のサイン入り販売会も行い、来て下さった方の半分ぐらいの方にお買い上げいただきました。
 実は9月生業訴訟の仙台高裁の上田判決はこの刑事裁判によって明らかにされた証拠をもとに判決されたものです。
 「長期評価の見解における知見が「規制権限の行使を義務付ける程度」に至っているかどうかという観点から重要なのは, 福島県沖にも津波地震が起きると考えるべきかどうかであって, その地震が起こるメカニズムの詳細ではない。平成16年度及び平成20年度に土木学会津波評価部会において実施されたアンケートの結果に照らしても, 地震学者の間では, 福島県沖海溝領域では津波地震は起きないという見解より同領域を含むどこでも起きるとする見解の方が有力だったと認められる。 過去の地震の詳細が不明であることを理由に,「福島県沖にも津波地震が起きる」と考える「長期評価」の見解を防災対策において考慮しないとすることが正当化されるものではない。」と判示していますが、これはそのまま永渕判決への痛烈な批判となっています。
 また、この判決は国の国家賠償責任を認めた判決ですが、東電の対応についても、2008年7月の対策先送りを東電土木グループの酒井氏が同業他社に知らせたメールにある「『いくらなんでも,現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか』という表現に端的に現れているように,東電が,『長期評価』の見解や貞観津波に係る知見等の,防災対策における不作為が原子炉の重大事故を引き起こす危険性があることを示唆する新たな知見に接した場合に,その知見を直ちに防災対策に生かそうと動くことがないばかりか, その知見に科学的・合理的根拠がどの程度存するのかを可及的速やかに確認しようとすることすらせず, 単にその知見がそれまでに前提としていた知見と大きな格差があることに戸惑い, 新たな知見に対応した防災対策を講ずるために求められる負担の大きさを恐れるばかりで, そうした新たな防災対策を極力回避しあるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立っているといわざるを得ないが, このような東電の姿勢は, 原子力発電所の安全性を維持すべく, 安全寄りに原子力発電所を管理運営すべき原子力事業者としてはあるまじきものであったとの批判を免れないというべきである。」などとして、厳しく断罪したものです。

Ⅲ 会場からの的確な質問
 会場からの質問パートでは、
1)甲状腺がんにり患した子どもたちを法的に救うことはできないのか、
2)判決の全文はどこで読むことができるのか、
3)企業の役員の過失責任を問うことは法的には難しいといわれているが過失のポイントはどこか、
4) 検察官がきちんと捜査していたという報告であったが、検察内部で現場への圧力があった証拠はあるのか、
5)被告人たちが高齢で亡くなったときに裁判はどうなるのか、
6)法人としての東電の刑事責任を問うことは難しいのか、
7)日本原電ではまともな津波対策ができた。日本原電は東電の子会社のはずなのに、なぜまともな対策ができたのか、
など、多様かつ重要な質問がなされました。

 備忘のためにも、それぞれについて、私の答えを、会場での答えをさらに敷衍して、ここに記録しておくこととします。

Ⅳ 会場質問に対する答え
1. 甲状腺がんにり患した子どもたちを法的に救うことはできないのか
 被告東電らは因果関係を争うだろうと思われるが、法的には訴訟提起は可能です。甲状腺がん発症から10年で請求権が時効となるので、提訴を希望される方は注意して、弁護士に連絡を取ってほしいと思います。

2. 判決の全文はどこで読むことができるのか
 昨年9月19日に言い渡された東電刑事裁判の『判決の全文』が収録された本が出版されています。これには、『担当裁判官が書いたと思われる解説』と『特集論文が6本』という大特集です。この裁判の控訴審での争点を理解するための必携書で、定価は税込みで1700円、お近くの本屋さんにご注文いただくか、インターネットからも購入できます。
六本の論文の一つは私が執筆したもので、判決が無視した重要な証拠を解説したものです。
『判例時報』 No.2431・2432(春季合併号)2020年3月11日号
@判例特報
判例特報 東電福島第一原発業務上過失致死傷事件(東京地判令1・9・19)
特集:東電福島第一原発業務上過失致死傷事件
一一経営陣を無罪とした第1審判決の検討
福島第一原発水素爆発事件・東電元副社長ら強制起訴事案第1審判決と過失犯についての見せかけのドグマ(古川伸彦…46)
東電無罪判決雑感(小林憲太郎…48)
東電無罪判決の手法について(福崎伸一郎…53)
東電経営陣の無罪判決について(樋口英明…58)
福島第一原発事故と東京電力の責任
一一民事判決との対比から一一(大塚正之…63)
東電刑事無罪判決に書かれなかったこと
一一被害者参加代理人として法廷に立ち会って一一(海渡雄一…68)

3. 企業の役員の過失責任を問うことは法的には難しいといわれているが過失のポイントはどこか
 企業幹部の過失責任を問うことが難しいのは事実です。それは不作為の責任を問うことになるからです。
しかし、本件では政府機関である地震調査研究推進本部が災害対策の基本をするべきとして提示した「長期評価」において、福島沖での津波地震を想定すべきだとしたのですから、高いレベルの安全性を確保することが求められていた原子力事業者は対策を講ずるべきでした。しかも、いったんは推本の長期評価に対応することは2008年2月にほぼ決まっていたことが山下調書とこれを裏付けるメールや会社内部資料がたくさんあります。武藤被告人の対策先送りの判断と武黒・勝俣被告人らによる追認さえなければ、事故は防ぐことができたのです。だから、刑事責任を問うべきことはなにも難しいことではないと思います。

4. 検察官がきちんと捜査していたが、何者かにより捜査方針が歪められたという報告であったが、検察組織の内部で現場への圧力があったという証拠はあるのか。
 もちろん、具体的な証拠はありません。しかし、そのように思われる根拠はあるのです。
 第1に、集められた膨大な証拠が綿密で、起訴し有罪に持ち込むことを前提とした捜査が行われていたことを物語っているということが大きな根拠です。
 特に、山下調書など、過失をほぼ認めたような調書が作成されています。東電の広報部長で、武藤氏への説明にも立ち会った上津原氏の調書にも津波対策を講ずることができ、事故は回避できたことを認めていました。検察が不起訴を決めた後には当初の供述を覆され、被告人らの利益に沿った供述となっています。
 第2に、被害関係の調書を見ると、検察官が亡くなった犠牲者の遺族に心から同情して作成されたことがわかります。涙なしでは読めない、凄惨な事故の被害を克明にまとめた検察官が、当初から不起訴の方針で動いていたとは思えません。
 第3に、我々は捜査中も不起訴を決めた後も検察官と複数回会っています。不起訴理由説明会の場で、「自分たちは力を尽くした」と説明し、告訴団のメンバーの前で涙を流した検察官もいました。当時は「ウソ泣き」説が強かったのですが、証拠を見ると、本当に悔しかったのではないかと思うようになりました。
 第4に私たちが告訴したのは2012年の6月です。民主党政権が下野したのが、2012年の11月でした。山下氏の決定的な調書が最初に作成されたのが、2012年12月、詳細版は2013年の1月のことです。捜査期間の後半になると、同じ証人について、全く異なる内容の調書が作られている例(上津原広報部長・阿部勝征教授)もあるのです。こうした状況を総合すれば、捜査の中盤までは起訴の方針で捜査が追行され、後半に方針が転換されて、不起訴方針に基づいて証拠が作られていたことがわかります。
 この事件の不起訴処分は、安倍政権が、中央官庁だけでなく裁判所や検察庁にも人事権の行使によって影響を強めていく過程と結びついているように見えます。定年延長が問題とされた黒川氏は民主党政権下で2011年8月に法務大臣官房長となり、政権中枢とりわけ菅官房長官との関係を強め、2016年9月5日法務事務次官に就任しました。
こ れらの諸事実が、政権の中枢から検察幹部を介して捜査の現場に圧力が加えられたと、私が推測する理由です。

5. 被告人たちが高齢で亡くなったときに裁判はどうなるのか
 被告人が死亡すれば、裁判は公訴棄却となり終了します。ロッキード事件の田中角栄氏の裁判にそのような例があります。

6. 法人としての東電の刑事責任を問うことは難しいのか
 業務上過失致死傷罪には刑法に法人を処罰する規定がないので、困難です。しかし、公害罪法など、法人処罰の規定がある犯罪については可能です。刑法の業務上過失致死傷罪についても、法人の処罰規定を設けるべきであるという意見があり、JR西日本尼崎事故の遺族らが、そのような活動を続けているところです。

7. 日本原電ではまともな津波対策ができた。日本原電は東電の子会社のはずなのに、なぜまともな対策ができたのか。
 むつかしい質問ですが、日本原電は東電の土木グループから指摘されて対策の検討をはじめ、同じ東電設計に津波の計算を依頼し、社内の耐震グループが推本津波に対応する津波対策を立案して常務会に提案し、問題なく了承されたことがわかっています。この経過を見ると、むしろ、対策を実行しなかった東電の対応の方が異常なのだと考えてもらえばよいのではないかと思います。

Ⅴ 控訴審にむけて
 来年春には刑事裁判と併行して進めてきた東電役員個人の民事責任を問う東電株主代表訴訟の証人尋問が始まります。 
 刑事事件の高裁審理も来年には開始するのではないかと思います。
 この時期に拙著「東電刑事裁判 福島原発事故の責任は誰がとるのか」を刊行することができ、今日の映画会参加者の皆さんにもたくさんお買い求めしていただきました。
 この本の表紙や冊子中に、写真家の山本宗補氏が撮影された素晴らしい福島の写真が使われています。扉には、武藤類子さんが作詞された、私も大好きな歌「ああ福島」の歌詞を、野生化した牛をバックに掲載しました。カラーの表紙をはいでいただきますと、フレコンパックの山が出てくる仕掛けです。
 美しい福島が原子力災害によって蹂躙されたことが想起できるような、一ひねりした装丁にすることができたと思います。
これまで、たくさんの本を書いて来ましたが、この本はとりわけたくさんの方に手に取って、読んでいただきたいと思う本となりました。
 伝承館には東電と国の責任に関する言及はありませんでした。津波と「原子力災害」の衝撃は記録されていますが、この「原子力事故」について、未来への教訓として伝承すべき最も基本的なことは、ネグレクトされています。
 不十分とはいえ政府事故調の報告書に記載されている事実をもとに事故原因についての展示を行うことはできたはずです。東電刑事裁判の有罪判決を確定させ、この展示を一新させることが必要です。新たな目標ができました。伝承館の展示の問題点は第二回にまとめます。


いわき、富岡、双葉、南相馬、福島の旅
第二回
福島県立東日本大震災・原子力災害伝承館展示の問題点と克服のための課題
                          
第1 伝承館にたどり着くまで
 19日に訪問した福島県立の「東日本大震災・原子力災害伝承館」の見学の感想を書きます。この伝承館は今年の9月に開館しました。伝承館は、福島県双葉町の海岸にあります。福島第一原発からの距離は、グーグルアースでの目測ですが、およそ4キロ弱程度の近さです。
 行く方法としては、私はいわきで「ひたち」号を降りて車で常磐道を北上しましたが、そのまま常磐線の普通列車で双葉駅まで行き、双葉駅からシャトルバスで行くという方法もあります。
 常磐道で広野町・楢葉町を過ぎて、富岡町に入ると風景が一変します。帰還困難区域がまだあり、ほとんど人々が暮らしていないところだからです。しかし、緑の幌をつけたトラックは大量に走っています。除染で地表をはいだ汚染土を中間貯蔵施設へと運ぶトラックです。
 大熊インターでは、数十台のトラックが集結していました。オリンピックまでに汚染土を運べという指令が出しなおされているのかもしれません。大熊インターを降りて、伝承館までのルートは帰還困難区域の中を走りました。たくさんの家々が朽ち果てています。時間がたち、朽廃の度合いは深まっています。
 ドライバーのYさんにお願いして、常磐線の双葉駅に寄ってもらいました。常磐線の駅の周りだけは、きれいに整備され、駅にはカフェまでが作られていますが、一歩離れると、そこは3.11の10年前に止まったままの世界です。
 伝承館の内容にはいろいろ疑問がありますが、この景色を眺めるだけでも、伝承館に行くことには意味があると思います。もちろん、被ばくは覚悟ですから、未成年の方には私は薦めませんが。

第2 展示の内容の概観
1 展示の内容
 伝承館につきました。すぐ隣に双葉町の産業交流センターが建設されており、その屋上に上がってみました。
ここからみえる森の向こうに、原発の排気塔が間近に見えます。請戸の浜からも見えましたが、うんと近く見えます。ここに伝承館を作ることにした理由については、この原稿の最後に検討することにします。
 まず、批判するにしても、どんな展示がなされているかを確認する必要があります。
 ウェブで見ることのできるリーフレットに、展示の写真がたくさん掲載されています。これらに沿って展示内容を概観することにします。
「プロローグ
1 災害の始まり
2 原子力発電所事故直後の対応
3 県民の想い
4 長期化する原子力災害の影響
5 復興への挑戦」
 「伝承館の基本理念BASIC IDEA」はそのホームページには次のようにまとめられています。
 「世界初の甚大な複合災害の記録や教訓とそこから着実に復興する過程を収集・保存・研究し、風化させず後世に継承・発信し世界と共有することは、被災を経験した人々の共通の想いです。「東日本大震災・原子力災害伝承館」では、特に福島だけが経験した原子力災害をしっかり伝えることとし、以下の3つの基本理念を掲げます。
1)原子力災害と復興の記録や教訓の『未来への継承・世界との共有』
2)福島にしかない原子力災害の経験や教訓を生かす『防災・減災』
3)福島に心を寄せる人々や団体と連携し、地域コミュニティや文化・伝統の再生、復興を担う人材の育成等による『復興の加速化への寄与』」
2 批判的意見を封じる語り部の方々へのギャグオーダー
 伝承館の呼び物として「フィールドワーク」や「語り部講話」なども行われています。当日は、津波被害の語り部講話が行われていました。しかし、伝え聞くところによれば、「語り部」に対しては、特定の機関・組織に対して非難するようなことは言ってはならないというかん口令が敷かれており、「東電」と「国」への批判は言ってはならないとされているようです。もし、そのようなことがあるとすれば、この点は、「語り部」個人の表現の自由を侵害しているといわざるを得ません。この点については、語り部となった人たちの一部からは不満の声も聞かれるということです。
 「東日本大震災」は自然災害ですが、これと同時に発生した「福島原発事故」は、政府機関である「地震調査研究推進本部」による、福島県沖合でもマグニチュード8.2程度の津波地震が起こりうるという警告に対して、東電は最高幹部も列席した御前会議でいったんは津波対策の実施を決断しながら、数百億円に達する工事コストと、対策工事実施を公表したときに原子炉の停止を求められるリスクから、対策を先送りしたという明確な過失によって起きた人災です。これらの主要な事実経過は、政府事故調も国会事故調もはっきりと認めていました。そして、この事故について、東電と国に法的責任があることは既に多くの損害賠償訴訟の判決で明確となっていることです。
 ことしの9月30日には地裁レベルではなく、事実審最終審である仙台高裁で、東電と国が断罪されたことは第一回に書いたとおりです。高裁の事実認定は最高裁も原則として変更できません。
 伝承館語り部への言論抑制は、この事故は東電と国の責任であるという、多くの裁判所も認めているあたりまえの事実を述べることすらできない場に変えてしまっているといえます。

第3 展示の問題点
1 館の名称への疑問
 まず、館の名称である「東日本大震災・原子力災害伝承館」に疑問があります。起きたのは、「原発事故」です。これが自然災害のようにとらえられています。この伝承館は「防災・減災のための教訓」と言いながら、その最初の名前の段階から、間違っているといえます。
2 設立の理念とその目標があいまいである
 この伝承館では、原発事故が自然災害のようにとらえられていることは述べました。
 「混合災害」概念が使われていますが、「混合災害」という言葉は聞きなれません。「原子力災害」は結果であり、福島原発事故を「事故」としてとらえて、その原因と再発の防止策を考えるという姿勢がないのです。地震が引き金となって起きる原発事故は神戸大学の石橋教授(後に国会事故調の委員に選任されました)によって「原発震災」と呼ばれ、地震などの自然事象に対する原発の安全性を高めるよう、検証が鳴らされてきました。このことを踏まえて将来にどのような教訓を残すのかを伝承館は語るべきです。
3 原因と再発防止策の検討が放棄されている
 以上の帰結として、事故の原因の分析と事故を再発させないために、原発という技術にどのように対処すべきかという視点が、見事に欠落しています。政府事故調や国会事故調で認められた、事故原因に関する重要な事実すら、この伝承館にはまとめられていません。すべての情報が断片的で、この展示を見ても、「大きな津波が来て怖かった。」「避難に苦労し大変だった。」ということはわかりますが、原発事故を繰り返さないための教訓は何も得られないでしょう。
4 原発事故による直接的な人命被害である「双葉病院事件」「請戸の浜事件」「多くの自死事件」などが全くと言っていいほど取り上げられていない
 双葉病院の避難の過程で多くの方が亡くなられたことは、かろうじて展示の中で紹介されていますが、放射能に阻まれて、避難活動が何度も中断された壮絶な被害の事実はきちんと語られているとは言えません。
津波被害で生き埋めにされていた多くの人々が12日早朝の5キロ圏退避の政府勧告によって、救助活動に取り掛かることすらできず、見殺しにされた請戸の浜の悲劇は、河合さんと一緒に作った映画「日本と原発」の最重要エピソードですが、このことも全く取り上げられていません。
 自死事件で、東電が敗訴したり、謝罪して和解したケースなども取り上げるべきです。
5 国や県の誤った判断により、スピーディの情報が共有化されず、よう素剤の配布などもなされなかった。
このことによって、誤った方向への避難、避難時期の遅れ、よう素による内部被ばくなどを招き、無用な被ばくを住民に強いました。このことも、争いのない事実であるにもかかわらず、この展示においては、全く触れられていません。
6 健康被害について、すくなくとも、小児甲状腺がんが放射線被ばくに起因するのとする意見があることすら、全く紹介されていない
 最近も、ネイチャーやサイエンスなどの世界的に評価の定まっていて査読を経た論文が掲載される学術誌に、甲状腺がんの福島県内の各市町村ごとの発生状況と、各市町村ごとの放射線被ばく量との間には相関関係が認められ、因果関係は否定できないとする研究成果が複数掲載されています
(① Relationship between environmental radiation and radioactivity and childhood thyroid cancer found in Fukushima health management survey
H. Toki, T. Wada, Y. Manabe, S. Hirota, T. Higuchi, I.Tanihata, K. Satoh & M. Bando、 Nature Received: 30 September 2019; Accepted: 18 February 2020;、
②Association between the detection rate of thyroid cancer and the external radiation dose-rate after the nuclear power plant accidents in Fukushima,Japan
Hidehiko Yamamoto, MD, Keiji Hayashi, MD, Hagen Scherb, Dr rer nat Dipl-Mathc、medicine Received: 22 February 2019 / Received in final form: 17 August 2019 / Accepted: 21 August 2019)。
 展示には福島県健康調査のことは紹介されていましたが、あくまで念のためにやっていることとされ、安村誠司氏による、被ばくと発症とは関係がないというビデオだけが流され、このような重要な見解を紹介することはネグレクトされています。このような展示は、あまりにも一方的なものであり、フェアなものとは言えません。
7 帰還困難区域のど真ん中に高校生の修学旅行コースに推奨する施設を建設する神経がわからない
 放射線の無用な被ばくは、健康リスクを下げるためにできる限り避けなければなりません。「どんな小さな線量の被ばくにもリスクはあり、できるかぎり被ばくさせない」ということが、健康被害を防止するための基本です。
この施設が建設された場所は原発から約4キロ、完全な帰還困難区域のど真ん中です。常磐線の双葉駅からシャトルバスで行くことはできますが、道路の両側の区域にはゲートが設けられ、立ち入り禁止となっています。車中からも多くの朽ち果てた家がみえます。
 この朽ち果てた双葉町の情景そのものが、私たちの失敗のシンボルとして将来へ伝承しなければならない風景だと考えられたうえで、この立地場所なのかとも考えましたが、そうではなさそうです。
 復興庁は、全国から被災12市町村に移住する世帯には、5年以上の居住と就業を条件に最高で200万円を支給する方針を決めました。なんとしても帰還困難区域とされた場所にも人を戻したいのでしょう。高線量地帯に人を戻していくプロジェクトの先兵として、この伝承館が作られたように思われるのです。
 それを裏書きするように、当日、この伝承館の隣にある「双葉町産業交流センター」で、内堀福島県知事、加藤官房長官、伊澤双葉町長も列席して、「福島イノベーション・コースト構想シンポジウム」が開催され、伝承館にはそのサテライト会場が設けられていました。
 全部は見ることができませんでしたが、ロボット、大熊町のイチゴ栽培、ドローン、じゃんがら念仏踊りなど多様なテーマが取り上げられ、高校生たちによる復興実践の紹介もされたシンポジウムでした。
 思い返してみれば、福島県、双葉町、大熊町は原子力が明るい未来を拓くと信じて1960年代に原発を受け容れて、原発に大きく依存した地域開発を行ってきました。それが、福島原発事故で破綻したのです。次はロボットとドローンというのでは、あまりにもご都合主義ではないでしょうか。
 伝統を大切にすることは大切なことです。この地域で生きていこうとする人たちの、次の生業をどのようにして選択するのか、これを考えることも否定しません。しかし、原発事故で廃墟と化した地域のど真ん中で、「イノベーション・コースト」を叫ぶ神経が私にはわかりません。「邪悪な意図」を感じてしまうのは、私のひがみ根性の故でしょうか。
 まず、私たちはどこで選択を誤ったのか、次に同じ過ちを繰り返さないためには、何をしてはならないのか、しっかりと考えてから「次」に取り掛かるべきだと思います。

第4 今後の課題と方向性
1 福島原発事故からどのような教訓を引き出すかをめぐる闘い
 福島県と国は、この伝承館を修学旅行コースに推して、全国から多くの高校生たちを呼び込む計画です。この伝承館は、福島原発事故の教訓を誰がどのようにして語り伝えるかという歴史を刻んでいく作業に関する、熾烈な闘いの最前線なのだと感じました。
 私たちの課題は2つの方向性に向かうべきです。

2 この伝承館をどのようにして改善していくか、何が可能か
1) 少なくとも政府や東電が認めている範囲の事故前の経過はきちんと掲載するべきです 
この伝承館の設立には53億円もの予算が使われています。このままの展示を続けさせるのではなく、内容の改善を県民・関心を持つ市民が県に求めるべきです。
 まず、政府事故調報告や国会事故調報告に記載されている事故前の経過くらいはきちんと説明するべきです。
 さらには東電が2013年にまとめた安全改革プランには,次のような記載もあります。
「2002年に,地震調査研究推進本部(推本)の「長期評価」が発表され,これは「福島県沖の日本海溝沿いも含めて津波が発生する可能性があるというこれまでと異なる新しい見解」であり,「福島第一,第二原子力発電所の設計条件となる津波高さが増すことは容易に想像され,より高度な津波高さの予測方法を得ることが必要と考え」られたとしています(同16頁)。
 「2002年の土木学会の津波評価技術が定まった以降,津波に対して有効な対策を検討する以下の様な機会があった。①2002年に地震本部から「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでも M8.2級の地震が 発生する可能性がある」という見解が出された時 ②2004年のスマトラ島沖津波が発生した時 ③2006年の溢水勉強会に関連して津波影響を評価した時 ④2008年の福島県沖に津波波源を置いて試計算を実施した時土木学会の検討だけに頼らず,自ら必要な対策を考えて電池室の止水や予備電源の準備等の対策が実施されていれば,今回の東北地方太平洋沖地震津波に対しても一定の影響緩和が図られ,大量の放射性物質の放出という最悪の事態を防げた可能性がある」(17~18頁)。
「安全担当部門は,原子力の安全設計において一般に無視して良い事象の発生頻度は100万年に1回以下であるのに対し,建設直前の1960年に発生した津波を最大と想定したことを課題と認識」しなかったとし,また,津波評価担当部門は,東日本の太平洋における津波の調査期間は400年程度であるが,再来周期がそれよりも長い津波について原発の設計上の安全余裕によってカバーできると考えていたが,この点は「津波という不確かさが大きな自然事象に慎重に対処するという謙虚さが不足した」(18頁)。
 このように、東電みずからが津波対策をとっていれば事故を防ぐことができたはずであると事故後の安全改革プランの中で述べているのです。この程度のことを伝承館の展示に書いていけないはずがありません。
 福島県立伝承館の現在の展示方針は、東電と国に対する過剰かつ異常な忖度の産物だといわざるをえません。
2)子ども甲状腺がんと被ばくの因果関係について、専門家の間でも意見が分かれていることは銘記すべきです。
 また、子ども甲状腺がんについて、事前の予測をはるかに上回る発症が起きており、被ばくとの因果関係について専門家の間も意見が分かれていることを、きちんと展示に書くべきです。
 高村昇館長は、HPに次のようなあいさつを寄せています。
 「令和2年4月1日付で、東日本大震災・原子力災害伝承館の館長を拝命いたしました、長崎大学の高村昇です。
私は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故直後から福島県に入り、県民の皆様に放射線被ばくと健康影響について、科学的な見地から説明を行ってきました。またその後は事故によって避難し、その後いち早く帰還を開始した川内村や、隣接する富岡町の復興支援にも携わってきました。
 2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故から、間もなく10年を迎えようとしています。この10年間、福島は地震、津波そして原子力災害からの復興、という極めて困難なミッションに向き合ってきました。
2020年9月に開館した伝承館は、福島が復興に向き合ってきた「証」を、アーカイブ(資料)として収集、保存、展示することを目的としています。さらに伝承館は、福島の過去から未来に亘って得られる様々な知見を、国内外の方々が学ぶことができる「知の交流拠点」としての役割を果たしていきたいと考えています。またこのような活動を通じて、伝承館は「福島イノベーション・コースト構想」の一翼を担っていきたいと思います。」
 「知の交流拠点」というような、歯の浮くような言葉が語られていますが、高村氏は2011年3月19日に福島県知事佐藤雄平の要請により、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーに山下俊一教授とともに就任し、3月20日いわき市、21日に福島市、22日に川俣町、23日に会津若松市、24日に大玉村、25日に飯舘村、26日に郡山市、30日に白河市、31日に田村市で巡回講演を行い、「福島における放射線による健康被害はない」ことを強調した方です。
 「福島原発告訴団」は、2012年6月に業務上過失致死傷と公害犯罪処罰法違反の疑いで、東電役員らとともに当時福島県放射線健康リスク管理アドバイザーであった神谷研二氏、山下俊一氏、高村昇氏も、刑事告発の対象としていました。よう素被ばくを軽視し、よう素剤の配布をさせなかったこと、被ばくに健康影響はないなどと福島での講演を繰り返し、被ばくに対する防護の油断を招き、事故に起因すると考えられる多数の子ども甲状腺がんを発生させた可能性があります。このような人に、伝承館の館長を続ける資格があるでしょうか。

3 伝承館に代わる民間の真の伝承館を作るべきです
 県の異常な姿勢を改めさせるのには、かなりの時間と労力が必要でしょう。それを待つだけでは能がありません。伝承館に代わる民間の真の伝承館を、私たちの手で作り上げることが大切な目標ではないでしょうか。
 また、このようなオルタナティブ・ミュージアムを作ることで、この展示の異常性を浮かび上がらせることができます。
 場所さえ見つけられれば、展示自体を作るためには、53億円の費用はいりません。10分の1、50分の1の費用でも、それなりに意義のある展示はできるはずです。
 民間で作られた優れた映画、ビデオなどを継続的に上映することもできるでしょう。なんとしても、このようなもう一つの博物館・オルタナティブ・ミュージアムを作るために、企画を立て、サイトを探し、お金を集める作業を始めてはどうでしょうか。議論を始めることを呼びかけます。








by kazu1206k | 2021-01-21 22:42 | 脱原発 | Comments(0)

佐藤かずよし


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