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福島第一原発過労死裁判、証人尋問し結審、30日に判決

 3月1日午後1時過ぎ、福島第一原発過労死裁判の証人尋問が福島地方裁判所いわき支部で行われ、原告3名と被告1名が陳述して結審しました。判決は、3月30日(火)午後2時から同支部で言い渡されます。
 この裁判は、2017年10月に、福島第一原発構内で働いていた自動車整備士・猪狩忠昭さんが長時間労働で過労死した事件で、猪狩さんのご遺族3人が原告となり、安全配慮義務違反等を理由に、雇用元(いわきオール株式会社)・元請け(株式会社宇徳)に対する責任と、高濃度の放射性物質が飛散する敷地内における救急医療体制に責任を負う東京電力の責任を追及して、2019年2月13日に同支部に損害賠償請求の訴訟を提起したものです。同年3月25日、ご遺族が原告としての意見陳述後、13回にわたっての弁論準備が続きました。その一方、同じく雇用元に対して提起していた、未払い賃金裁判では、裁判所が自ら示した和解案を撤回、原告側の和解拒否などの経過の末、2020年3月に原告側の勝利判決が確定していました。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故収束作業で構内自動車整備をしていた自動車整備士・猪狩忠昭さんは、2017年10月26日に亡くなりました。東京電力は猪狩さんの死亡を発表した際、「作業との因果関係はない」と責任回避の発言に終始。
 猪狩さんは、亡くなる5年前の2012年3月にいわき市内の自動車整備・レンタル企業の雇用元に入社した時から、車両整備にあたり、亡くなった当日、昼休みの後、午後の作業に行く時に倒れ、午後2時半過ぎに広野町の高野病院で死亡を確認、死因は致死性不整脈と診断されました。
 猪狩さんは、2017年4月以降、月曜から金曜、朝4時半に出勤し一般道を自動車で福島第一原発に移動、事務所に戻るのが夕方5時から6時という生活が続きました。遺族らは、亡くなる直前の3か月間の平均残業時間は約105時間。亡くなる半年前からの1か月あたりの残業時間は最大で130時間超、平均で110時間に達していたとして18年3月にいわき労基署に労災申請し、いわき労働基準監督署が2018年10月17日に労災認定しました。
 防護服・全面マスクのまま倒れ、帰らぬ人となった猪狩さん。倒れたときに放置同然で、その後の遺族への説明も東電は拒否。遺族は「二度と過労死、事故死を起こさないためにも、真実を知り、責任の所在を明らかにしたい」と裁判を提起。猪狩さんの遺族は、「夫が『なぜ死ななければならなかったのか』を調べていくうちに、『虫けらのように、物のように扱われている原発で働く作業員』の実態が明らかになり、夫の死をきっかけに『真実を知りたい、家族は知る権利がある、二度と再び起こしたくない』という一心で裁判に訴えた」と胸の内を語ってきました。
 夜、裁判報告会と「福島第一原発過労死責任を追及する会」の第2回総会が開催されました。
 弁護団の霜越弁護士、齋藤弁護士が、福島地裁いわき支部での雇用元の元社長の意見陳述に対する反対尋問の内容、猪狩さんの遺族の意見陳述、原告代理人の尋問趣旨など裁判経過を報告。遺族の切々とした訴えの後、支援者も発言し30日の判決公判への結集と支援の継続を誓い合いました。

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by kazu1206k | 2021-03-01 22:54 | 脱原発 | Comments(0)

佐藤かずよし


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