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11回目の3.11に考えるー海渡雄一弁護士

 東電刑事裁判や東電株主代表訴訟の弁護活動を通して、福島原発事故の責任追求と被害者救済に尽力してきた海渡雄一弁護士は、「11回目の3.11に考える」と題して、「2022年脱原発運動の焦点は、福島原発事故の「責任の否定」と「被害の否定」と闘い、損害賠償訴訟の上告審、東電刑事裁判の控訴審、東電株主代表訴訟の地裁判決で東電と国の責任を司法に確認させることだ」との論考を公表しました。以下に、ご紹介します。
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11回目の3.11に考える

2022年脱原発運動の焦点は、福島原発事故の「責任の否定」と「被害の否定」と闘い、損害賠償訴訟の上告審、東電刑事裁判の控訴審、東電株主代表訴訟の地裁判決で東電と国の責任を司法に確認させることだ
                                      
海渡雄一

第1 3.6シンポジウム 『FUKUSHIMAは終わっていない!』

さる3月6日にシンポジウム“復興の人間科学 2022” 『FUKUSHIMAは終わっていない!』が開催されました。私はすべてのパネラーの皆さんの報告をお聞きして最後にコメントしました。避難者状況調査の集計速報、11年が経過する中での東電の訴訟対応の変節と今も避難を続けていらっしゃる方の声などをききました。このシンポジウムは、多くの気づきのある素晴らしいものだった思います。
東京電力が加害者であるにもかかわらず、被害者に対して「被害などなかったのだ」「避難するのが間違いなのだ」という、「責任否定」「被害の事実否定」の主張を裁判の中で繰り広げていることが埼玉訴訟の弁護団から生々しく報告されました。
東電の言説が「歴史の偽造」を目的とした「歴史修正主義」の言説とそっくりであることが、ヘイトスピーチの専門家である明戸隆浩氏の分析によって明らかになりました。
これを克服していく道として、私が「総評」の中で述べたことは、東電・その役員個人を含めての責任と国についての明確な法的責任を司法的に確定すること、放射線被害の存在を「子ども甲状腺がん訴訟」や「原発事故収束労働に係る労災民事訴訟」などで司法の場で確定させていくことを通じて、「東電と国には事故発生の責任などないのだ」「そもそも事故の被害などなかったのだ」というとんでもない原子力ムラの言説の根拠をなくしていくべきではないかと申し上げました。
以下に述べることは、この中のとりわけ「責任の否定」との闘いについて、3つの司法における闘いのフィールドの現段階と課題についてまとめたものです。

第2 福島原発事故について東電の責任が確定し、国の責任について最高裁で判断が示される

1 最高裁で国の責任をめぐる口頭弁論が開かれる

本年3月4日、仙台高裁高裁判決と前橋避難者訴訟と千葉避難者訴訟の東京高裁判決の3件の訴訟の上告審を審理する最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、東電による上告を棄却し、生活基盤の変化や「ふるさと」を失った損害などとして、いずれも原発事故の賠償に関する国の基準を上回る慰謝料の支払いを命じていた高裁判決が確定しました。
高裁の判断が分かれていた国の責任については、最高裁は4月に、国と住民側双方の主張を聞く弁論を相次いで開くことを決め、弁論を踏まえ統一的な判断を示す見通しです。
東京電力の賠償が確定したことについて、生業訴訟の弁護団の馬奈木厳太郎弁護士は「被害の実態に照らせば十分とはいえないが、国の基準である『中間指針』よりも広い地域で賠償額の水準が上がったことは重要だ。裁判所が賠償の基準を作り直した意味合いを持ち、被害者全体にとって救済の弾みになると思う」と評価し、近く東京電力に申し入れを行うとしています。
国については、判決を変更するために必要な弁論が開かれることから「最高裁がどのような統一判断を示すかは現時点ではわからないが、国の責任を認めなかった群馬の訴訟についても弁論が開かれることを重く受け止めたい」と述べ、国の責任が認められることへの期待感を示したとされます。
 生業訴訟、千葉訴訟、前橋訴訟の三件の原発損害賠償訴訟の高裁判決についての上告審で、最高裁での口頭弁論が4月に相次いで行われます。私たちが担当した東電刑事裁判の東京地裁の判決は無罪判決でした。しかし、同じ証拠を駆使して仙台高裁の生業訴訟控訴審上田コート、東京高裁白井コートは、東電と国の責任を認め、その対応を厳しく断罪する判決を下しています。大飯の設置許可取り消し判決を書いた森鍵裁判長も含めて、この3人の裁判官には重要な共通点があります。いずれも最高裁で仕事をしていた経歴を持っているという点です。
私は、この夏までには、最高裁において、推本の津波対策を基礎づける長期評価の信頼性を確認し、国の責任を認める判決が下されるだろうと確信しています。

第3 東電刑事裁判は6月6日に控訴審結審へ

1 検証と証人は不採用

東京電力の勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長3名を被告人とする刑事裁判控訴審の第二回公判が、2022年2月9日に東京高裁で開かれました。私は発熱してしまい、コロナ感染が疑われたため、欠席しました。翌日陽性が判明しましたので、出席していたら、たくさんの方にご迷惑をかけるところでした。同僚が報告してくれた当日の審理は以下のとおりでした。
この第二回公判のハイライトは、指定弁護士が求めていた証人尋問と現場検証を裁判所が認めるかどうかでした。
東京高等裁判所第10刑事部の細田啓介裁判長が、第1回公判で検察官役の指定弁護士が請求した裁判官による現場検証と新たな証人調べについて、「必要性がないため不採用」と決定しました。
すなわち、気象庁の地震火山部長として推本の長期評価の策定に参画した濱田信生氏の検察官調書、元東芝の原発設計技術者の渡辺敦雄氏の検察官調書は、不採用でした。濱田信生氏の証人請求、渡辺敦夫氏の証人請求も不採用でした。そして福島の皆さんが切望していた検証も不採用となりました。
指定弁護士の神山啓史弁護士は不採用決定に異議を申し立てました。神山指定弁護士は、これらの請求を不採用にすることは刑事訴訟法や憲法31条に反すること、とりわけ現地を訪れ検証をせずに判断を下すことはこの裁判に「大きな禍根を残す」ことになると警告し、決定を取り消して採用するようにあらためて求めました。
 被害者代理人の河合弘之弁護士は、公判後の会見で「この事故の責任を見極めてやろうという姿勢がない。現場を見ずに何を判断するというのか」と憤りました。
東京地裁・永渕健一裁判長による全員無罪の不当判決を覆すために新たな証人尋問と現場検証が必要だと私たちは主張してきました。

2 千葉訴訟の高裁判決などの新たな証拠は採用されている

ではもう東京高裁判決での逆転有罪は不可能なのでしょうか。被害者代理人を務める大河陽子弁護士は会見で次のように述べました。
 「大変残念な決定ではあった。しかし今回採用された証拠には、千葉訴訟で避難者らが勝った高裁判決がある。刑事事件と同じ証拠も使われており、その判決を読むと長期評価の信頼性や、原発事故被害の深刻さが理解できるはずだ」。
 同じく被害者代理人を務める甫守一樹弁護士も次のように述べました。
 「一審で相当な証拠調べが行われていることは事実だ。その評価によっては結論は十分に変わり得る。被害者の心情陳述が裁判官の心を打つ可能性もある。まだまだ気落ちするような状況ではない」。
閉廷後の裁判報告会で、福島原発告訴団の武藤類子団長は次のように語りました。「確かにがっかりはしたけれど、それだけではない。採用された新たな証拠もある。次の公判期日もある。次回までにできること、判決までにできることは何か。一審の判決がどれほど間違ったものであるかということを、もう一度みんなで社会に訴えていきたい」。

3 4月5日に東京高裁に向けた行動が呼び掛けられている

私たちは、検証と証人尋問の採用を却下した裁判所に真実に向き合う覚悟を求める必要があります。告訴団弁護団は、裁判所は原発事故に対する忘却の力学に加担するのか、それとも歴史の批判に耐える司法判断を残すのか、その岐路に正されているのだという自覚をもって記録を検討しなおすべきであるという観点で、東京高裁向けの意見書を作成しています。
福島原発刑事訴訟支援団は、第3回公判ー結審に向けて、「東京高裁は被害者の声を聞け!長期評価の信頼性を認め有罪判決を!」と、4月5日正午、東京高裁前での意見書提出行動を行い、東京高裁に意見書を提出します。また、4月10日には13時半より郡山市のビックパレットで福島県民集会を開く予定で、皆様の参加を訴えています。
  21年2月、千葉避難者訴訟について東京高裁(第22民事部 白井幸夫裁判長)は、東電と国の責任を認める判決を言い渡しました。刑事裁判で明らかになった事実が民事裁判での最高裁勝利判決にもつながりました。この判決の推本の長期評価の信頼性と国の責任に関する判示部分は、刑事裁判の帰趨にも大きく影響します。判決は、長期評価が法に基づき設置された国の機関である地震本部の地震調査委員会として公表されたものであることを正確に認定しているからです。
6月6日の第3回公判では、指定弁護士側と弁護側双方が書証の補充弁論を行い、被害者も心情意見陳述を行って、結審する見込みです。
  東電刑事裁判でも、国の責任を認めた高裁判決が認めているように、推本の長期評価が、津波対策を基礎づける信頼性を有しているという前提に立ち、一審の誤った無罪判決を破棄し、被告人らに対する有罪判決を下すべきです。

第4 東電株主代表訴訟は7月13日判決へ

1 事件の概要

東電株主代表訴訟は、東電の株主である原告39名、共同訴訟参加人10名が、2012年3月5日に同社の役員であった勝俣恒久、清水正孝、武黒一郎、武藤栄、小森明生に対して、会社にもたらした約22兆円の損害賠償を求めている事件です。東京電力は不当にも、被告に補助参加しています。
この裁判では、勝俣恒久会長、武黒元副社長、武藤副社長の三名に対する業務上過失致死傷事件の被告人に加え、清水社長と小森副社長(福島第一前所長)を加えた5名が被告となっています(肩書は事故時)。
賠償を求める損害額22兆円は廃炉費用、損害賠償費用、除染費用などを合算した東電自身が見積もった金額です。
本件では、訴状段階では事故時の原子炉の操作のミスなども請求原因としていましたが、争点整理の過程で、政府事故調によって事故の主原因と指摘された津波被災に起因する全停電によるシビアアクシデントに焦点を絞りました。地震による機器の損傷などは争点にしていません。

2 訴訟の争点と原告の主張

(1) 原子力発電に求められる安全性

 本件における第一の争点は、原子力発電に求められる安全性のレベルである。
 伊方最高裁判決は,原発に極めて高い安全性を求める法理であり、自然災害の将来予測に関し,科学は確たる科学的根拠を提示することはできないのであるから,安全性を図るためには、極めて低い確率の事象であっても、一定の限られた科学的根拠に基づく警告については対応するべきであると主張した
そして、福島原発事故の被害の実情を多くの書証で立証し、とりわけ現地進行協議の過程でも、帰還困難区域等の実情を裁判所に具体的に説明した。

(2) 推本長期評価の信頼性

次の争点は、どのような災害に備えるべきだったか、事故の予見可能性といわれる事項である。本件事故の主原因とされる津波について、何より重要なエポックは、国による津波地震の危険性を定量的に示した2002年の推本長期評価である。2006年には、まれではあるが、起こりうる地震・津波についての対策を事業者に求めた新耐震設計審査指針が制定され、2006年9月13日に,保安院の青山伸らの審議官が出席して開かれた安全情報検討会で,津波問題の緊急度及び重要度について「我が国の全プラントで対策状況を確認する。必要ならば対策を立てるように指示する。そうでないと「不作為」を問われる可能性がある。」と報告されていた。このような状況の下で、何の津波対策を講ずることなく、福島第一原発の運転を継続していた、東電役員らの対応の是非が問われている。

(3) 津波対策によって結果回避が可能であったこと

原告らは、原子炉建屋、タービン建屋のある10メートル盤を超える津波に対しては、津波の遡上を食い止めるための防潮壁を設置することに加え、建屋の水密化、非常用発電機・電源盤などの設置された機器室の水密化、可搬型電源の高所設置などの対策が可能であり、事故対策として有効であり、また、津波発生前に工事が完了できたと主張している。

3 訴訟における立証の状況

(1) 政府事故調と国会事故調関係

この裁判では、政府事故調査報告書と政府事故調の報告作成のための資料のうち、公開されたものや国会事故調報告書なども使った。
2014年5月に朝日新聞の吉田調書報道がはじまり、吉田調書が公表されただけでなく、供述者本人が同意しているということを条件として、771通に及ぶ供述調書の内200通以上が公表された。これらの調書から例えば、保安院と東電間の貞観津波に関するやりとりなどが明らかになった。
国会事故調にも、溢水勉強会の経緯、東電のリスク検討委員会の経緯、土木学会への検討丸投げ時の経緯について東電とのやり取りなど新情報が掲載されている。

(2) 刑事裁判で取り調べられた資料や証人調書を証拠資料とした

原告代理人らは東電刑事裁判の告訴代理人、検察審査会申立代理人、犯罪被害者参加代理人を兼ね、同裁判の38回の公判に立ち会った。この裁判では、東京電力内部での津波対策の検討状況、津波対策が中止先送りされた状況の詳細が明らかにされた。
刑事裁判の証拠を、そのまま民事裁判に提起することはできなかったため、私たちは、証拠内容を特定し、刑事裁判所への送付嘱託決定を求め続けた。東京地裁刑事部は、大半の証拠について嘱託に応じたが、事故の被害に関する双葉病院などの関係者や自衛隊関係者、犠牲者の遺族の調書類などは最後まで拒み、事件記録が東京高裁に移ってからようやく嘱託が実現した。
原発に求められる高いレベルの安全性を認めさせるためには、被害の深刻さを裁判所に訴えることが欠かせない。福島原発事故による悲惨な生命被害を象徴する双葉病院事件の全体像が明らかにされたことは重要な獲得点である。

(3) 刑事裁判の証拠によって新たに明らかになった事実

(a)東電社内における津波対策の検討状況

例えば、東京電力の平成19年本部長手持ち資料には、すでに2007年の段階で、土木学会手法による津波評価を超える「確率が工学的に無視できるレベル(例えば10-7回/年)にはならない見込みである。」と報告され、津波対策の必要性がはっきり指摘されていた。

(b)2007-8年の東電社内検討

当時の東電本店の原子力部門のナンバー2であった山下和彦中越沖地震対策センター長は、2008年2月16日の中越沖地震対応会議=御前会議(休日に社長以下の役員、本店部長、各原発の幹部、GMら多数が出席し、長時間開催されていた会議、勝俣が出席するので、御前会議と呼ばれていた)で、推本の長期評価に基づいて津波対策を実施する方針を被告人ら全員に説明し、その方針が了承されたと供述している。そして、山下氏は、推本を踏まえた津波高さが10メートル以下であれば、東電は2009年までに津波対策工事を完了させていたはずであり、東電が津波対策工事を先送りしたのは、大規模な工事を始めると地元自治体の要望で原発を止められてしまう恐れがあったこと、津波水位を少しでも低減できないか検討し、できるだけ工事費用を合理的な額にしようと考えたためだ述べている。
また、この御前会議の直前である2月5日に機器耐震技術グルーブの長澤が、酒井らに送信したメールの中で、「武藤副本部長のお話として山下所長経由でお伺いした話ですと、海水ポンプを建屋で囲うなどの対策が良いのではとのこと」とあり、武藤は御前会議の前の段階でも4メートル盤での津波対策を実施する考えでいたことがわかる。
さらに、御前会議をふまえて、3月7日には、本社のグループ横断の会議がもたれ、その会議設定のメールでも、会議後の議事メモでも、津波対策を講ずる方針は社長会議(御前会議のこと)で報告済みとされ、会議資料には4メートル盤上での津波対策の工事スケジュールまでが示されていた。
3月末の時点での、福島第一原発の耐震バックチェック中間報告がなされた。その際に、メディアや福島県との対応のために作られたQAの中には、長期評価を津波対策で取り入れること、4メートル盤上で対策を講ずることが明記されていた。
4月の時点で、15,7メートルの津波高さ計算が共有され、グループ横断で、10メートル盤を超える津波の対策についての仕切り直しの検討が始まっている。
いったん決まった4メートル盤の上の工事内容を見直して、10メートル盤の上の対策をどのように実施するかが話し合われたのが、6月10日の武藤常務に対する報告会であった。、
しかし、7月31日の2回目の会合において、武藤常務は津波については土木学会に年単位の検討を依頼し、その間は津波対策を講じない方針を示し、この方針で、保安院や専門家を説得するように部下に指示した。
対策延期後の2008年9月に福島原発所長も出席した「耐震バックチェック説明会」の資料によれば、推本長期評価を考慮した津波対策は不可避としつつ、津波に関する「資料は回収」し、「議事メモには記載しない」という情報管理体制がとられていた。
2009年2月の御前会議においても、津波対策が議論され、吉田氏が「14メートルの津波が来ると言っている人もいる」と説明し、役員から「他社は」と聞かれ、東北は高いところにあり、東海第二は対策しているなどの説明も受けているが、対策にはつながらなかった。この日の配布資料には議事録作成者による津波問題が「注目され」ていて、(情報を外に)「出せない」との内容の書き込みが見つかっている。

(c) 津波対策を実施した東海第二原発

日本原電では、推本津波に対する対策が2008年から始められ、東北日本太平洋沖地震までに防潮堤に代わる土盛りや水密化等の対策が完成していた。東電の対策工事中止を受けて日本原電内部で開かれたミーティングでは、担当の安保氏の上司に当たる市村開発計画室長が、「こんな先延ばししていいのか、なんでこういう判断になるんだ」と述べたとの安保氏の検察官調書がある。対策をやめた理由について東電の酒井GMは、日本原電の安保氏に対して「柏崎が止まっているのに、これに福島も止まったら経営的にどうなのかって話でね」と釈明せざるをえなかったのである。

(d)津波対策工事は可能であり、事故の発生を抑止することができた

水密化の工事は短期間で完了できた。防潮壁の工事も完了できた。政府事故調の防潮堤の築造に4年を要したとする議論は、海水面に2キロにわたり防潮堤を築く計画が前提であり、行政手続きに要する時間を含んでいる。敷地内の防潮壁の工事は埋設物を避けて工事する困難な工事ではあるが、実施可能であり、2年程度で完了できた。東海第二における実際の津波対策は1年程度のタームで完了できた。事故後ではあるが、浜岡原発での海水面から22メートルの防潮壁工事も、主要部分は一年で完成できた。

(e) 国から報告が遅すぎると注意されていた

東電は、推本の長期評価を取り入れた時の津波高さが15.7メートルとなることについて、国・保安院には震災の4日前まで報告せず、福島県へは結局最後まで報告しなかった。高尾氏らが、2011年3月7日に15.7メートルの計算結果を保安院に報告したときも、審査に当たっていた保安院の小林勝審査室長は対策が遅すぎるとコメントしている。高尾氏は、この日の保安院との会議内容を即日武藤副社長に報告し、早期の津波対策実施を検討するように求めたが、武藤氏はこのメールは見ていないと言い張っている。

(4) 株代訴訟における4人の専門家証人の取り調べ

(a)濱田信生証人の尋問結果

推本の長期評価の策定に参加した、気象庁の元地震・火山部長である濱田信生氏が証人として、推本は地震津波科学の到達点であり、国と東電には科学を尊重してほしかったという新証言を行った。また、世界的な地震学の権威である得ました。また、濱田氏は、金森博雄米国地震学会会長が2004年のスマトラ沖地震の後に、福島沖でスマトラ地震に匹敵するような地震や津波地震が発生する可能性はあると講演していることを紹介した。

(b) 岡村行信証人の尋問結果

推本長期評価と並行して、貞観の津波についても、津波堆積物調査が進んだ。保安院における耐震バックチェックの中でも審査委員を務めていた産総研の研究者である岡村氏は、バックチェック審査の中でも貞観の津波に対応する対策の必要性を指摘していたが、自分のところに訪ねてきた東電担当者に「これ以上調査するのは無駄、早く対策をした方がよい」と述べたという極めて重要な証言を得ることができた。

(c)原発設計者の津波対策に関する証言

渡辺敦雄氏と後藤政志氏は、元東芝に勤務していた原発設計技術者であるが、渡辺氏は、基本設計、後藤氏は格納容器の専門家である。
津波対策としては、防潮壁以外にも建屋の水密化、重要機器設備設置個所の水密化、可搬型電源の高所設置などの対策が可能であり、事故対策として有効であり、また、津波発生前に工事が完了できた。
被告らは、設計の対象となる津波が確定しないと水密化の工事計画も立てられないなどと主張しているが、設計条件は十分な余裕をもって立てることができた。
また、津波対策とされている防潮壁を実施するとすれば、高さ一定の防潮壁を敷地前面に設置することになり、敷地内の南、北、中間点に櫛の歯状の防潮壁を築いたとする被告らの主張に技術的根拠はない。

(5) 被告本人尋問

2021年7月には武藤氏、武黒氏、勝俣氏、清水氏の被告本人尋問が行われた。小森被告は健康上の理由で本人尋問ができなかった。

(a)武藤氏

武藤氏は、多くの社内の津波対策関係文書を渡されたけれども読んでいないと繰り返し、2008年6月10日と7月31日の武藤氏のために開かれた津波対策に関する会合で配布された、経営幹部に津波対策の実施を求めるために部下たちが作成した資料についても、「推本の長期評価には根拠がないということだった、細かい説明はされてないし、内容についての質問もしていない」との答えに終始した。
しかし、このような反対尋問を踏まえて裁判官は補充尋問で、推本の長期評価の信頼性を検討するためには、推本自体に根拠を確認できたはずで、土木学会に丸投げする前に社内の手順がきちんと踏まれていないのではないか、長期評価に根拠があるかどうかわからなかったので、土木学会に検討を依頼したというのであれば、長期評価に根拠があれば、想定津波は変えなければならず、そのまま運転を続けることは安全とは言えないのではないかなど、極めて重大な質問を浴びせた。

(b)武黒氏

武黒氏は2009年春に、吉田本部長から津波対策について詳しい説明を聞いている。反対尋問では、推本の長期評価について「かなりいろんな見解がある中で、ある特定の考え方だけを用いたという、そういう理解をしました」と答え、なぜ、このような見解を国の機関が発表したと思ったかと尋ねられると、武黒氏は「理解できませんでした」と答えていた。
朝倉裁判長は補充尋問で、15メートルの試算がでた段階で、「万が一にも事故というのは起こらないようにしなければならない」との考え方に立てば、もし、このような津波が起きた場合には「相当なリスクがある状態になるということは分かっていたわけですね?」と質問し、武黒氏に「はい」と答えさせ、裁判長は「万が一にもこれ(推本の長期評価の見解に基づく試算)が正しかったら事故が起きちゃうとは思わなかったの?」と重ねて問い、武黒氏の「思いませんでした」と答えさせている。「そこに(波源が)ありうるかもしれないということが推本で言われた。で、それについて検討するのに年オーダーかかる。(中略)その間のことについては(中略)何らか考えなくてもいいと思ったんですか?」と決定的ともいえる問いを発している。

(c)勝俣氏

勝俣氏は、原告側の反対尋問で、15.7メートルの津波の可能性について武藤常務から議案または報告として常務会に付議はありませんでしたね、と確認を求められる、「はい」と答えた。もし付議があったらどういう結論になったと思いますかと原告代理人から質問され、勝俣氏は「そこは分かりません。正直、その15.7メートルという性格をしっかりそこで説明してもらって、皆がどういうふうに判断するかということだと思います」と答える。それを引き取るように河合弁護士が「そうやって、常務会で合議の実を尽くすべきでしたよね」と質問を続けた。そして、「そういう重要な情報が常務会に上がってこないリスク管理体制を築いてきたあなたに責任があるのではないですか、あなたはリスク管理委員長でしたね」と問われても、「長期評価の信頼性が・・・」と念仏のように繰り返すしかなかった。

(d)清水氏

 清水氏は、反対尋問において、2008年2月16日の東電社内の会議「中越沖地震対応打合せ」の資料について「全体をできるだけ目を通すようにしてましたので、これは目に触れてるということはある」と認めたものの、資料に記載のある津波の高さに関する記述については「分かりません」と逃げた。2009年2月11日の会議で吉田原子力設備管理部長が「14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて」と述べたことについても、その場にいたはずなのに、清水元社長は「ここの発言は記憶ありません」と逃げ続けた。

(e)小括

 被告本人尋問の中で、2008年に土木学会に検討を依頼し、何ら津波対策を講じなかった期間について、その経営判断に正当な根拠がないことは明白になったものと考える。

(6) 現地進行協議

(a)経緯

2021年10月29日、東電株主代表訴訟を審理している東京地裁民事8部(朝倉佳秀裁判長)は、3.11後、裁判所として初めて現地調査のために福島第一原発の現地に立ち入り、現地進行協議を実施した。
裁判所は、前記の4人の証人調べの終了した段階で、「現地の状況の図面と写真は証拠として提出されているが、これだけでは現地の状況が十分にわからない。現地の地形や機器の配置、開口部などについて、「立体的」「三次元的」に把握するために、現地進行協議を実施する。」と判断したのである。
 裁判所の検証調書は作成されなかったが、裁判所と原告側の指示で撮影された現況写真を使い、原告側で進行協議報告書を作成し証拠提出した。この報告書について東電が他の目的への利用を拒んでいるため、必要な方は裁判所に文書送付嘱託をしてほしい。
(b) 何がわかったのか
まず、30メートル盤から1,2,3,4号機を見下ろし、すりばち状の地形を確認した。高台を20メートルも掘り下げて敷地にしたことで、著しく津波に脆弱な原発敷地構造になっていることがわかった。
続いて、10メートル盤上の通路から、1,2,3,4号機の各タービン建屋と共用プール建屋などの大物搬入口、ルーバー(吸気施設)、コンクリートブロックの開口部などの浸水個所を現地で確認した。また、事故後に設置された、ルーバーの下側に水の侵入を防ぐための覆いが取り付けられていたり、一部の建屋について水密扉が取り付けられていることが確認された。10メートル盤の敷地上に、千島海溝沿いの津波地震に対応するため、高さ数メートルの防潮堤が作られていた。
津波の遡上を想定すれば、一見して危険な箇所にあるルーバーやブロック開口部がそのまま放置されていたこと、大物搬入口の下半分にはテロ対策のための強固な防護扉が設置されているが、その下側が開いており、この防護扉を水密構造にしておけば、津波の浸水は確実に防ぐことができたことなどを確認することができた。

4 東電株代訴訟の意義

 この裁判は、2021年11月30日には、最終口頭弁論が開かれ、半日かけて最終準備書面の内容を当事者双方がプレゼンした。判決期日は7月13日に指定されています。 
私たちは、原告勝訴判決を確信しています。この裁判には安易に原発の安全性とその運転を認めた場合、事業会社の役員が巨額の損害賠償を支払う責任を負う可能性があることを知らしめ、原発の運転管理を厳格にすること、脱原発の経営判断を促す大きな意義があります。
この裁判に勝ち、東電幹部の責任を明確にすることは、東電刑事裁判の勝利・有罪判決、住民が東電と国の責任を問うている損害賠償訴訟の上告審で、国の責任を確定させることにもつながります。そして福島事故の責任を明確にすることは、東電と国の「責任の否定」を許さず、日本で脱原発を実現する一里塚となると考えています。どうかご支援をお願いします。

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by kazu1206k | 2022-03-22 22:23 | 脱原発 | Comments(0)

佐藤かずよし


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