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最高裁判決の証拠採用・取調べの上申書の補充書を提出

 8月2日、福島原発刑事裁判の控訴審で、被害者参加代理人の4弁護士は、東京高裁第10刑事部に対し、本年6月23日に提出した続行期日の指定を求める上申書の補充書を提出しました。
 これは、6月17日に出された福島原発事故の国家賠償請求訴訟の最高裁判決(令和4年最判)について、「最高裁判決の証拠採用・取調べのため続行期日の指定を求める」6月23日付上申書を補充するものです。
 最高裁判決は、「長期評価」に基づく予見可能性を暗黙の前提としつつも、仮に、長期評価を前提に規制権限を行使して、津波による事故防止対策を東京電力に義務付け、東京電力が義務を履行しても、津波の到来で敷地の浸水は避けられなかった可能性が高く、事故が発生の可能性が相当にあると判示し、結果回避可能性を否定して、本件事故についての国の責任を認めた仙台高判、東京高判及び高松高判を破棄し、自判することによって国の責任を否定しました。
 補充書は、「令和4年最判の多数意見において正当な点は、『長期評価』の信頼性を黙示的に認めた点のみである。多数意見は、民事訴訟法上下級審の事実認定に拘束されるにもかかわらず、これを無視するという法令違反を犯し独自の事実認定をしている。単なる事実認定は法準則・法命題を示した「判例」ではなく、下級審裁判官に対する拘束力はまったくない。しかもそこまでして行った事実認定にも多数の事実誤認がある。
 一方、検察官出身の最高裁判事である三浦守裁判官の反対意見は、関係法令の解釈、予見可能性及び結果回避可能性という主要な論点について網羅的かつ正当な見解を示した上、多数意見及び保安院の規制機関としての在り方について冷静な批判を加えている。三浦反対意見こそ、下級審の裁判官に対して模範を示す「真の最高裁判決」であるというべきである。」として、最高裁判決の多数意見の誤りについて、「原判決において適法に確定した事実からの逸脱」「防潮堤等の設置を対策の基本として多重防護を否定した誤り」「明治三陸計算結果についての認識の誤り」「東側の防潮堤の要否を曖昧にした誤り」「令和4年最判と本件とでは事案が異なること」などを指摘し、各項目に対応した三浦反対意見も適宜示しました。
 以下に、掲載します。


●本年6月23日付続行期日の指定を求める上申書の補充書
 (最高裁判決について)

令和元年刑(う)第2057号 
(原審 令和元年9月19日判決(平成28年刑(わ)第374号業務上過失致死傷被告事件))
被告人 勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄

令和4年(2022年)8月2日

東京高等裁判所 第10刑事部 御中

被害者参加代理人弁護士 河 合 弘 之
   同       海 渡 雄 一
   同       甫 守 一 樹
   同       大 河 陽 子

 本書面は、最高裁令和4年6月17日第二小法廷判決(令和3年(受)342号、同1165号、同1205号、令和4年(受)第460号)について、2022年(令和4年)6月23日付続行期日の指定を求める上申書(最高裁判決の証拠採用・取調べのため続行期日の指定を求める)を補充するものである。

目次
第1 はじめに3
第2 原判決において適法に確定した事実からの逸脱4
第3 防潮堤等の設置を対策の基本として多重防護を否定した誤り5
1 防潮堤を「合理的で確実なもの」とした誤り5
2 我が国でも敷地の浸水を前提とする防護措置の実績はあったこと6
3 敷地を超える津波への対策についての指針等は存在しないこと7
4 海外でも敷地が浸水することを前提とする溢水対策が一般的であったこと8
5 東電における津波対策の経過についての認識違い9
6 防潮堤等だけでは不十分との考え方が有力であったことはうかがわれないとした誤り10
7 法令の趣旨、目的を無視した判断がなされていること11
第4 明治三陸計算結果についての認識の誤り12
1 「本件試算」を「最悪の事態に対応したもの」とした誤り12
2 明治三陸計算結果を「試算」と呼んだ誤り14
3 地震の規模の違いを強調した誤り14
4 約2.6mと約5.5mとを比べた誤り15
第5 東側の防潮堤の要否を曖昧にした誤り15
第6 令和4年最判と本件とでは事案が異なること17
第7 結語17

第1 はじめに
  最高裁第二小法廷は、令和4年6月17日、本件事故についての国の賠償責任を問う4つの事件について、「長期評価」に基づく予見可能性を暗黙の前提としつつも、「仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行したとしても、本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高く、…本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ない」(10頁)と判示し、結果回避可能性を否定して、本件事故についての国の責任を認めた仙台高判、東京高判及び高松高判を破棄し、自判することによって国の責任を否定した。
  令和4年最判の多数意見において正当な点は、「長期評価」の信頼性を黙示的に認めた点のみである。多数意見は、民事訴訟法上下級審の事実認定に拘束されるにもかかわらず、これを無視するという法令違反を犯し独自の事実認定をしている。単なる事実認定は法準則・法命題を示した「判例」ではなく、下級審裁判官に対する拘束力はまったくない。しかもそこまでして行った事実認定にも多数の事実誤認がある。
  一方、検察官出身の最高裁判事である三浦守裁判官の反対意見は、関係法令の解釈、予見可能性及び結果回避可能性という主要な論点について網羅的かつ正当な見解を示した上、多数意見及び保安院の規制機関としての在り方について冷静な批判を加えている。三浦反対意見こそ、下級審の裁判官に対して模範を示す「真の最高裁判決」であるというべきである。
以下では当該最高裁判決の多数意見の誤りを指摘しつつ、各項目に対応した三浦反対意見についても適宜示していくこととする。
  なお、令和4年6月17日には、国の国賠責任を否定する最高裁判決が3つ出されており、それぞれ細部は異なるが、このうち原審が東京高裁(一審は千葉地裁)の事件についての判決が他の判決をほぼ包含する内容になっているため、本書面では何の断りもない場合には当該判決のことを「令和4年最判」と呼ぶ。

第2 原判決において適法に確定した事実からの逸脱
  多数意見は、「原審の適法に確定した事実関係等」の、「(7) 本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策の在り方」として、「本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、…津波により上記敷地(引用者注:安全設備等が設置される原子炉施設の敷地)が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物(以下「防潮堤等」という。)を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することが対策の基本とされていた」(5頁)と判示した(下線部引用者)。同様の判示は各所で繰り返され(8、10頁)、多数意見において結果回避可能性を否定する主要な根拠として用いられている(なお、多数意見はその法的位置づけを明確にしていないが、条件関係の定式(「あれなければこれなし」)にあてはめるような判示をしていることから、因果関係の判断として結果回避可能性を否定しているものと解される)。
 しかし、各原判決では、上記のように防潮堤等の設置を「対策の基本」とする事実認定はされていない。国の責任を認めた仙台高判、東京高判(千葉)及び高松高判はもとより、国の責任を否定した東京高判(前橋)でさえ、このような事実認定はなく、むしろ、水密化という、敷地の浸水を前提とする津波対策が十分あり得たことを前提とする判示をしている。
 民事訴訟法321条1項に「原判決において適法に確定した事実は、上告裁判所を拘束する」とあるとおり、上告審は法律審であり事後審であるから、原判決が確定した事実を基礎としなければならないのであって、新たな事実認定をすることは許されていない(したがって新たな事実認定が必要となる訴えの変更、反訴の提起を上告審ですることはできない)。自ら自由心証によって事実認定し、それが原審のそれと同じであるかという比較をし、自己のそれを優越させることも許されていない。だからこそ、上告審が原審の事実認定に介入しようという場合、経験則違反や釈明権不行使などという技巧的な理屈を用いてきたのである。
  原判決の事実認定を逸脱した多数意見は、法321条1項に違反している。したがって、最高裁が民事訴訟法に反してまでして行った前記判示には、事例判断としても下級裁判所の裁判官が参照にできるような規範性はまったくないというべきである。
 また、民事訴訟法318条1項は、上告受理申立て理由について、判例違反その他の法令の解釈に関する重要な事項に限定しているところ、前記仙台高判、同東京高判及び同高松高判について、各申立人国は、国賠法1条及び電気事業法40条の解釈の誤りを指摘し上告受理の申立てをしていた。しかしながら、多数意見は、前記仙台高裁等について当該法令の解釈の誤りを何ら指摘することなく、事実認定の相違のみによって原判決を破棄した。このような帰結から判断するに、最高裁は各事件を受理したことからして、民事訴訟法に違反していたものとみなさざるを得ない。
  前記防潮堤等により敷地への海水の浸入を防止することを対策の基本とするという多数意見の判示は、単なる事実認定なのであるから、下級審の裁判所に対する拘束力があるとされる法準則・法命題としての「判例」にはなり得ない。勿論、事実審までの訴訟資料が異なれば、異なる判断もあり得る。本件では、本件事故前の津波対策として、敷地の浸水を前提とするものがあり得たか否かという論点について、前記仙台高判等とは異なる主張立証がなされているのであるから、多数意見のこのような誤った事実認定にとらわれるべきではない。

第3 防潮堤等の設置を対策の基本として多重防護を否定した誤り
 1 防潮堤を「合理的で確実なもの」とした誤り
   多数意見は、防潮堤等の設置を「津波による原子炉施設の事故を防ぐための措置として合理的で確実なもの」(10頁)と判示する。
しかしながら、津波は自然現象である上、その記録が少なく未解明な点も多いため、いかに余裕をもって津波を想定し防潮堤等で対策しても、これを超える津波が発生する可能性は否定できない。また、津波の波力や漂流物の評価式については未だ確立しているとはいえず、想定内の津波であっても防潮堤等が確実に機能する保障はない。
このように、防潮堤等の設置による津波対策にも不確実な要素はあり、深刻な災害を万が一にも引き起こしてはならない原子炉施設の津波対策として、他の対策を必要としないほどの確実性を備えてはいない。この点で多数意見には根本的な誤解がある。
また、防潮堤等の設置は、水密化等他の津波対策と比較して長期間を要する上に、費用も多額に上り、その意味で「合理的」とはいえない。多数意見が何をもって防潮堤等を「合理的」としたのか、意味不明である。
 2 我が国でも敷地の浸水を前提とする防護措置の実績はあったこと
   多数意見は、「本件事故前に、我が国における原子炉施設の主たる津波対策として、津波によって上記敷地(引用者注:安全設備等が設置された原子炉施設の敷地)が浸水することを前提とする防護の措置が採用された実績があったことはうかがわれず」(10頁)と判示する。
しかしながら、我が国の原子力発電所の津波対策としても、例えば、浜岡原子力発電所では設置当初から、敷地前面には巨大な砂丘が存在するにもかかわらず、原子炉建屋等に防水構造の防護扉が設置されている。福島第一・第二原発では、平成14年の「津波評価技術」の刊行に合わせて、4m盤の浸水を前提とするポンプ用モーターのかさ上げや熱交換器建屋等の水密化を実施している。日本原電は津波バックチェックに際して、平成20年6月までに東海第二原発及び敦賀原発について「津波影響のある全ての管理区域の建屋の外壁にて止水する」という基本方針を決定し、これを実行している(証人安保秀範に示す証拠一覧表(指定弁護士提示資料)提示資料18、23、一審の証人尋問調書(第23回公判 安保秀範証人)28~31頁、35~40頁等参照)。我が国の原子炉施設において、敷地が浸水することを前提とする防護の措置は本件事故前から幾つもの実績があったのであり、これを見落として防潮堤等の設置を津波対策の基本とした多数意見の事実認定が誤っていることは明らかである。
   一方、本件事故前の我が国の原子炉施設において、防潮堤、防波堤等の構造物で津波による敷地への海水の浸入をすべて防ぐという津波対策が実施された例はない。本件事故直前、東電・東通原発が敷地の端に防潮堤を設置して敷地への浸水を防ぐという計画で、原子炉設置許可が出された例があるに止まる。
 3 敷地を超える津波への対策についての指針等は存在しないこと
  多数意見は、「当該防護の措置の在り方について、これを定めた法令等はもちろん、その指針となるような知見が存在していたこともうかがわれない」(10頁)と判示する。
しかし、そもそも我が国の原子炉施設は想定津波よりも十分高い地盤に設置することとされていたのであり、東電は明治三陸計算結果の存在を隠していたこともあって、敷地を浸水させるような想定津波に対する防護の措置の在り方が公に議論されたことはほとんどなかった。したがって、原子炉施設の敷地の浸水を前提とする防護措置のみならず、浸水を防ぐための防護措置(防潮堤等の設置)の在り方についても、法令等で定められておらず、指針となるような知見も存在していなかったはずである。敷地の浸水を前提とする津波対策のみ、法令等や指針となるような知見が存在しなかったかのように述べる多数意見は、無理に結論を導くため明らかに偏った判断をしている。
  三浦反対意見では、「多数意見は、本件事故以前の津波対策について、津波により上記敷地の浸水が想定される場合、防潮堤等を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであったことを強調するが、このことを定めた法令はもとより、そのような指針が存在したわけでもなく、また、本件長期評価の公表以前に、防潮堤等の設置により上記敷地の浸水を防止することを前提として、原子炉の設置許可等がされた実績があったこともうかがわれない。それまでは、想定される遡上波が到達しない十分高い場所に上記原子炉施設が設置されることにより安全性が確保されているとして、津波による浸水が想定される場合の対策については、十分な検討がされていなかったというべきであろう」(44~45頁)、「このような試算(引用者注:明治三陸計算結果)は、本件事故以前には公表されなかったことがうかがわれ、そのような状況で、これを前提とする専門家等の具体的な議論が広く見られなかったとしても、それはむしろ当然のことであり、それが上記のような多重的な防護(引用者注:水密化等)の必要性等を否定する理由となるものではない」(47頁)という正当な指摘がなされている。これに対して、多数意見および多数意見にくみする補足意見において、的確な反論は見られない。
 4 海外でも敷地が浸水することを前提とする溢水対策が一般的であったこと
  多数意見は、「海外において当該防護(注:敷地が浸水することを前提とする防護)の措置が一般的に採用されていたこともうかがわれない」とも判示する。
だが、台湾の金山原発においては津波対策として高台に緊急用のガスタービン電源2基が設置されている(検察官請求証拠10「海外の原子力発電所における津波・洪水対策の現況」、検察官請求証拠12「福島第一原子力と台湾・金山原子力との姉妹発電所交流」)。ディアブロキャニオン(米)、グランドガルフ(米)、クーパー(米)、ルブレイエ(仏)、フォートカルホーン(米)といった原子炉施設において、敷地の浸水を前提とする外部溢水対策が実施されている(検察官請求証拠11「浸水防止設備技術指針(案)」)。これらからしても本件事故前から海外において敷地の浸水を前提とした津波対策が一般的に採用されていたことは十分にうかがわれる。
   三浦反対意見でも、「その当時、国内及び国外の原子炉施設において、一定の水密化等の措置が講じられた実績があったことがうかがわれ、扉、開口部及び貫通口等について浸水を防止する技術的な知見が存在していたと考えられる」(44頁)という正当な意見が述べられている。この点についても、多数意見および多数意見にくみする補足意見において、的確な反論は見られない。
 5 東電における津波対策の経過についての認識違い
   多数意見は、「東京電力が本件試算津波と同じ規模の津波に対する対策等について検討した際に原審のいうような課題を指摘する意見が出されていたからといって、それだけで、東京電力が上記津波に対する対策を講ずることとなった場合に、上記津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置することを断念したであろうと推認することはできず、むしろ、上記防潮堤等の設置を実現する方策が更に検討されることとなった蓋然性が高い」と判示する。
まず、東電が平成20年7月31日までに工期や工費等について検討していたのは海中の防潮堤であるが、かかる防潮堤でも明治三陸計算結果による敷地への遡上を完全に防ぐことまでは想定されていなかった。その検討の際、吉田部長が「発電所だけを守ると周りに水がザブンと行ってしまうんだ」というような趣旨のことを発言し(武藤被告人の被告人供述調書(第30回公判)65頁、甲A133資料2・8頁)、以後は「モーターの水密化を指向する」こととなって、海中の防潮堤は検討が進んでいない。平成22年8月27日に開催された福島地点津波対策ワーキングでも、土木調査グループより、「土木側の対策として防潮堤の設置を検討していたが、『発電所設備は、守れても発電所周辺の一般家屋等に影響があるのは、好ましくない。』との社内上層部の意向があり、本検討は中断中。よって、上記の状況を踏まえると設備側での対応が必要」との報告がなされている(甲A120・2丁目)。平成23年2月14日に開催された最後(第4回)の福島地点津波対策ワーキングでも、建築耐震グループから「R/BおよびT/Bにおいても、津波の遡上により浸水する可能性があることから対策の検討が必要。(D/G、非常用電源室、非常用ポンプ(ECCS)等に対する対策)」という報告がされており(甲A123・3丁目)、東電が敷地の浸水を前提とする対策を検討していたことは明らかである。
このように、東電では、平成20年7月31日までの時点でもそれ以降でも、敷地の浸水を防ぐための防護措置を実現する方策のみが検討されていた訳ではない。多数意見はこのような東電における検討経過を正確に認定し、判断を加えることができていない。本件において、最高裁判決の事実認定及び判断を参照することは許されない。
 6 防潮堤等だけでは不十分との考え方が有力であったことはうかがわれないとした誤り
  多数意見は、「本件事故以前において、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水することが想定される場合に、想定される津波による上記敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置を講ずるだけでは対策として不十分であるとの考え方が有力であったことはうかがわれず」(8頁)と判示する。
  しかしながら、前記のとおり、我が国の原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置される敷地を想定される津波の水位よりも十分高くすることが基本にあったため、敷地に浸水するような津波に対する対策が公に議論されたことはほとんどない。そのため、防潮堤等の設置で十分であるとの考え方が有力であった事実もない。
それでも、土木学会の津波評価部会の主査であった首藤伸夫氏は、想定を超える津波もあり得るという前提で、非常時に炉心を冷却するための設備が確実に機能するよう然るべき防水性を確保すべき旨繰り返し指摘していたことが認められ(甲B78・7頁乃至8頁、証人尋問調書(第6回公判 高尾誠証人)・12頁、「証人高尾誠に示す証拠一覧表」(指定弁護士提示資料)資料142、首藤伸夫氏の証人尋問調書(第16回公判)・52頁、61~62頁等)、これに反対する意見があった事実は特段認められないのであるから、防潮堤等の設置だけでは不十分であるとの考え方は十分有力であったといえる。
 7 法令の趣旨、目的を無視した判断がなされていること
  多数意見では、経済産業大臣が規制権限を行使された場合、東電がどのような対策を現実的に選択した可能性があるかという点が強調されているように解されるが、本来議論されるべきであったのは、法令の趣旨、目的からして、東電がどのような対策を選択すべきであったかという点である。
東電は、その設置、運転する原子炉施設について、深刻な事故が万が一にも生じないよう、万全の措置を講じる義務を負っていた一方で、敷地を超える津波はクリフエッジ事象であり特に電源設備が10m盤上に設置されたタービン建屋等の1階ないし地下1階に集中している本件原発では、10m盤を超える津波が安全性に多大な影響を及ぼすことは、本件事故前でも容易に想像できたはずである。加えて、大規模な防潮堤等の設置には長期間を要すること等からすれば、単に防潮堤等を設置するということで満足せず、多重防護の考え方に則り速やかに水密化等の津波対策を実施して、より万全を期すべきだったことは明らかである。多数意見においては、原子炉施設における深刻な事故を万が一にも生じさせないことが原子力関係法令の趣旨、目的であるとの規範が欠けており、このことが判決が誤った結論を導いた根本原因と言える。
  この点、三浦反対意見では、「…浸水の危険性は、いかにまれとはいえ、数多くの人の生命、身体等に重大な危害を及ぼすという現実の問題であり、取返しのつかない深刻な災害を確実に防止するという法令の趣旨に照らすと、津波による浸水を前提としない設計をそのまま維持することは、もはやその合理性を認め難いものであった。本件技術基準に従って講ずべき措置としては、単に、想定される津波を前提とした防潮堤等の設置で足りるということはできず、極めてまれな可能性であっても、本件敷地が津波により浸水する危険にも備えた多重的な防護について検討すべき状況にあったというべきである。そして、本件非常用電源設備は、主要建屋の1階又は地下1階に設置されており、本件敷地を浸水させる津波の襲来という単一の要因によって、その機能を全て喪失する危険性が高いことは明らかであり、その多重的な防護の必要性が特に高いものであった。 これらの事情を総合すると、本件技術基準の適用に関し、上記水密化等の措置は、防潮堤等の設置が完了するまでの間において、本件非常用電源設備の機能を維持するために必要かつ適切な措置であるとともに、その後も、本件非常用電源設備の多重的な防護を図るものとして必要かつ適切な措置であったということができる」(46~47頁)という、正当な見解が述べられている。

第4 明治三 陸計算結果についての認識の誤り
 1 「本件試算」を「最悪の事態に対応したもの」とした誤り
   多数意見は、「本件試算は、…安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえる」と判示する。
   確かに、明治三陸計算結果(「本件試算」)は「津波評価技術」のパラメータスタディを用いることによって一定の保守性を備えたものになっており、平成20年3月以降の本件原発の津波対策において対策の基礎とすべき合理性を有してはいたが、当時これよりも最悪の津波が考えられなかった訳ではない。
   まず、「長期評価」は、もっとも起こり易い地震を対象にした一般防災向けの予測であって、原子炉施設の自然現象の想定のように安全側に立って最大規模の危険性を想定したものではない。
また、1896年明治三陸津波は、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りで過去400年間に発生した3つの津波地震のうち、もっとも直近で信頼できる記録が多数ある津波であるため、波源の信頼性が他の2つよりも高いことから、「長期評価」における震源域の想定にそのモデルが参考にされているに過ぎず、「長期評価」は、当該領域において、明治三陸地震よりも大規模な津波地震は当該領域で発生しないことを予測するものではない。実際、1611年慶長三陸地震は、明治三陸地震よりも規模が大きい津波地震と考えられている。
そして、「津波評価技術」のパラメータスタディは、マグニチュードやすべり量といった、波高に大きな影響を与える波源のパラメータについてはまったく不確かさを考慮しない。元々、事業者が四省庁津波を切り下げるためのお手盛り基準が「津波評価技術」である。
加えて、「津波評価技術」の明治三陸地震の波源は、パラメータスタディを実施しても多くの地点で計算値が観測値を下回っている。これらの点からして、明治三陸計算結果は「長期評価」を考慮して当時考えられる最悪の津波とはいえない。
  さらにいうならば、貞観津波について産総研の研究グループが作成したモデル10に基づく津波水位計算では、パラメータスタディを実施しなくても、本件原発1号機から4号機取水口全面の水位において明治三陸計算結果を上回るような数値が算出されている。しかもモデル10は、津波の浸水限界と堆積物の分布限界との差を考慮していない最小限のモデルに過ぎない。
  多数意見は明治三陸計算結果が「安全性に十分配慮して余裕を持たせ」たことを強調しているが、誤解である。このような誤解が、多重防護の考え方にもとづく津波対策を否定し、また設計上の余裕を最小限に止めるという発想につながったものと推測される。
  一方の三浦反対意見では、「本件試算における断層モデルのパラメータは、明治三陸地震の断層モデルを前提にしているが、それは一つのモデルにとどまり、実際に発生する津波地震における断層の数値がこれらに必ず一致するものでもない。パラメータスタディによりその不確定性が一定程度緩和されるにしても、評価対象地点の各数値が科学的に正確なものと確認することは、原理的に不可能といってよい。地震及び津波が諸条件によって複雑に変化し、予測が困難な自然現象であって、これらに関する研究や予測の技術も発展過程にあることを考え併せれば、本件長期評価に基づく津波の想定においては、本件試算の各数値を絶対のものとみるべきではなく、これを基本として、相応の数値の幅を持つものと考えるのが相当である」(42頁)と妥当な評価が示されている。
 2 明治三陸計算結果を「試算」と呼んだ誤り
  なお、令和4年最判は、明治三陸計算結果のことを「本件試算津波」と呼んでいるが、これを「試算」とするのは疑問である。
  本件原発の津波評価を担当した土木グループの酒井氏、髙尾氏及び金戸氏は、本件原発の津波バックチェックで「長期評価」を取り入れざるを得ないと認識しており(証人尋問調書(第5回公判 高尾誠証人)・37~43頁、45頁、46頁、証人尋問調書(第8回公判 酒井俊朗証人)・11頁、14頁、証人尋問調書(第18回公判 金戸俊道証人)・5頁、8頁、12頁、15頁、17頁)、その方針によって原子力設備管理部は、平成20年1月、東電設計に「長期評価」を考慮した津波計算を東電設計に委託したのであり(甲A76・56頁、57頁)、試しに計算をしたのではない。O.P.+15.7mという結果が被告武藤らにとって余りに大きく、対策費用の増大や停止リスクの発生が懸念される状況になったため、これを直ちに取り入れていないことの不合理性を覆い隠すため、これを後から「試計算」だったと呼ぶことにしたに過ぎない。
実際、平成20年当時に作成された資料に「試算」や「試計算」という文字は見当たらない。被害者参加代理人らが知る限り、明治三陸計算結果を「試計算」等と呼んだのは、平成23年2月14日の福島地点津波対策ワーキングの配布資料が最初である。
 3 地震の規模の違いを強調した誤り
 多数意見には、「本件長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後であったのに対し、本件地震の規模は、津波マグニチュード9.1」(9頁)という判示がある。
 まず「長期評価」では明治三陸地震の津波マグニチュードは阿部(1999)等により8.2とされているものの、阿部(2003)では8.6(ないし9.0)に改められている。明治三陸計算結果で波源となった地震の規模は東北地方太平洋沖地震を下回っていることは事実であるが、東北地方太平洋沖地震で、より大きくすべっているのは宮城県沖であり、実際に岩手県と宮城県の沿岸部では福島県よりも相当大きな津波が観測されている。一方で、明治三陸計算結果の波源はMw8.3ではあるものの、本件原発における津波水位がもっとも高くなるような位置に配置されている。したがって、地震の規模の相違は、本件原発における津波の規模の相違に直ちにはつながらない。
 4 約2.6mと約5.5mとを比べた誤り
 多数意見は、「本件試算津波による主要建屋付近の浸水深は、約2.6m又はそれ以下とされたのに対し、本件津波による主要建屋付近の浸水深は、最大で約5.5mに及んでいる」(9頁)と判示しているが、約2.6mというのは敷地上の構造物の考慮がない進行波としての津波高さである一方、最大約5.5mというのは構造物に遡上した本件津波の浸水の痕跡と考えられ、これらを直接比較するのは間違いである。
明治三陸計算結果の「鉛直壁を設置した場合の検討」(証人金戸俊道に示す証拠一覧表(指定弁護士提示資料)・資料34乃至35、証人尋問調書(第4回公判 久保賀也証人)・33頁以下)では、4号機タービン建屋付近の鉛直壁でO.P.+15を優に超える数値は算出されているのであって、せり上がりを考慮した最大浸水深の比較であれば、明治三陸計算結果と本件津波に有意な差はないのである。

第5 東側の防潮堤の要否を曖昧にした誤り
 多数意見は、「本件試算津波と同じ規模の津波による本件敷地の浸水を防ぐことができるものとして設計される防潮堤は、本件敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く」(9頁)と判示するが、本件敷地の東側に防潮堤を造る想定なのか、造るとしてどの程度の高さにするのかについては明示していない。
一方で多数意見も、「一定の裕度を有するように設計されるであろうこと」は認めており、また、知見が不確実で高さの予測が困難な津波に対し、多重防護を否定して防潮堤等のみで津波による原子炉施設の事故を「確実」に防ぐというのであるから、本件敷地の東側にも相当な高さの防潮堤を造る想定でなければならない。本件敷地南東側の浸水を防ぐことに主眼を置いて、ここには高さ10m以上の防潮堤を造りつつ、同東側には高さ4~5m程度の防潮堤を造っていれば、建屋等の水密化等を実施していなくとも、全交流電源を喪失するような浸水は防げた可能性が高い。
多数意見は「本件津波の到来に伴って大量の海水が本件敷地に浸入することを防ぐことができるものにはならなかった可能性が高い」「本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にある」と結論しているが、津波による原子炉施設の事故を「確実」に防ぐという程の裕度を有するよう設計するはずであるにもかかわらず、なぜ大量の海水の浸入を防ぐことができなかったという結論になるのかについては、具体的な理由付けを示しておらず、判断理由に不備がある。
他方で、三浦反対意見では、明治三陸計算結果では取水ポンプの位置において10m前後の津波が想定されたこと、明治三陸計算結果の各数値を絶対のものとみるべきではなく、相応の数値の幅を持つものと考えるのが相当であること、遡上波が本件敷地に到達すれば深刻な事態が生ずることは明らかであるから安全上の余裕を考慮した想定が必要であることを挙げ、「本件技術基準の適用に当たり、本件敷地の南東側からだけでなく、東側からも津波が遡上する可能性を想定することは、むしろ当然」として、「本件長期評価を前提に、経済産業大臣が技術基準適合命令を発した場合、東京電力としては、速やかに、本件敷地の東側からも津波が遡上しないよう、適切な防潮堤等を設置する措置を講じ、想定される遡上波が本件敷地に到達することを防止する必要があったものであり、その実施を妨げる事情もうかがわれず、それが実施された蓋然性が高い」(42頁)という妥当な見解を示している。

第6 令和4年最判と本件とでは事案が異なること
  このように多くの誤りを含んだ多数意見ではあるが、本件ではこれと訴訟資料はもとより当事者も根拠法令も異なるため、その誤りを正面から前提としなくとも、被告人らの責任を問うことは十分にできる。
まず、令和4年最判において、住民側は結果回避措置として基本的に水密化のみを主張していたが、本件では水密化以外にも多様な結果回避措置を主張しており、対策が完了するまでの一時停止措置も主張している。三浦反対意見のみならず、菅野補足意見でも原子炉の一時停止が言及されていることは注目に値する。
さらに、本件は令和4年最判とは異なり、必然的に明治三陸計算結果の存在が公にされる経済産業大臣の規制権限行使の場面ではなく、東電、東電の役員であった被告人らが自主的に明治三陸計算結果等を基礎にした津波対策を実施する場面である。そうであるとすると、停止リスクをできるだけ低減したい東電、東電の役員であった被告人らとしては、防潮堤のように長時間を要する上想定の大幅な引き上げの公表を前提とした大掛かりな対策ではなく、水密化のように短期間で目立ち難い対策の実施することが優先されたものと考えるのが現実に即している。実際、溢水勉強会の際に敷地を超える津波への自主的な対策を保安院から指示ないし示唆された際も、東電で検討されていたのは「進入経路の防水化」、「海水ポンプの水密化」、「電源の空冷化」、「さらなる外部電源の確保」等であり、防潮堤や防波堤のような大掛かりな津波対策は一切検討されていない。

第7 結語
 本書面では一部しか引用できていないが、三浦反対意見は、原子力発電に本来要請されていた安全性の程度を正確に理解したうえで、長期評価の信頼性を明確に認め、多数意見の事実誤認と規範的判断の欠如を冷静に指摘した正当なものである。これこそが、本来最高裁が判示すべき内容だったと考える。

以上

最高裁判決の証拠採用・取調べの上申書の補充書を提出_e0068696_16083432.jpg



















by kazu1206k | 2022-08-02 22:29 | 脱原発 | Comments(0)