1月2日は、事始め。
今年の読書初めは、伊澤理江:著『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社)。
本書は、2008年6月23日、いわき市小名浜の巻き網漁船「第五十八寿和丸」(酢屋商店所有、135トン)が太平洋上で転覆沈没して、殉職者17名という痛ましい犠牲者をだし、いわき市民に大きな衝撃を与えた重大海難事故に取材した作品。
著者は、この第五十八寿和丸転覆海難事故の生存者3人の証言を丁寧に掘り起こし、遺族や酢屋商店はじめ漁業関係者、海難事故の専門家、この事故を重大海難事件として調査した横浜地方海難審判理事所や後継の運輸安全委員会、さらには当時の海上自衛隊潜水艦隊司令官などに長期にわたって取材しています。初出は、調査報道専門ウェブサイト「SlowNews」に2021年2月から4月にかけて連載した内容を大幅に加筆・修正したものです。
第五十八寿和丸事故は、救助された生存者の証言から、船首右舷船底近くの側面に2度の強い衝撃を受け、船底の燃料タンクが何らかの原因で損傷、この損傷で右舷側に傾き、転覆沈没したものです。
当初、この事故は、複数方向から波がぶつかってできる「三角波」という高波によって船体が傾き転覆したと指摘されていました。原因の調査にあたった横浜地方海難審判理事所の調査で、「寿和丸は、船の下からの強い衝撃のため右舷の船底を損傷し、沈没したとみられること」「乗組員の証言などから、損傷は潜水艦との衝突で生じた可能性もあるとみて調査している」との報道がありました。
いわき市議会も、2008年12月定例会で「第五十八寿和丸」転覆沈没海難事故の原因究明を求める意見書を全会一致で採択し、「速やかに潜水調査を含め、徹底調査に努めること」「行方不明の乗組員御家族の心情を察し、第五十八寿和丸の船体映像を確認すること」を国に求めました。
2009年1月には、ご遺族と船主の酢屋商店野崎社長はじめ小名浜機船底曳網漁協組合理事、いわき市長、市議会議長らが、国土交通省などを訪問し14万5,683人の署名を手渡して、「波浪による単純な転覆事故ではない。寿和丸の船体を確認する必要がある」、水深5.800mの沈没地点を独立行政法人海洋研究開発機構所有の深海調査船によって潜水調査を行うよう要望した経緯があります。
しかし、第五十八寿和丸海難事故の原因の徹底究明を求め、海の安全を願う市民、国民の願いにもかかわらず、運輸安全委員会は潜水調査と船体映像の確認もせず、事故から3年後の2011年4月、東日本大震災と原発事故の最中に、船から漏れ出たとされる油はごく少量で、船員の杜撰な管理と当日偶然に発生した「大波」とによって船は転覆・沈没したと事実誤認の調査報告書を公表したのです。
昨年12月23日に発行された本書。直後の年の暮れに、酢屋商店の野崎社長に「目を通しておいて」と渡され、今日、一気に読み切りました。「日本重大海難史上、稀に見る未解決事件。その驚くべき真実」と本書の帯紙の通り、真実の迫ろうとする著者の気迫がヒシヒシと感じられ、野崎社長の悔しさと執念が伝わってきました。ぜひ読んでいただきたい今年の一冊です。
●講談社は、内容を次のように紹介しています。
その船は突然、深海へ消えた。
沈みようがない状況で――。
本書は実話であり、同時にミステリーでもある。
2008年、太平洋上で碇泊中の中型漁船が突如として沈没、17名もの犠牲者を出した。
波は高かったものの、さほど荒れていたわけでもなく、
碇泊にもっとも適したパラアンカーを使っていた。
なにより、事故の寸前まで漁船員たちに危機感はなく、彼らは束の間の休息を楽しんでいた。
周辺には僚船が複数いたにもかかわらず、この船――第58寿和丸――だけが転覆し、沈んだのだった。
生存者の証言によれば、
船から投げ出された彼らは、船から流出したと思われる油まみれの海を無我夢中で泳ぎ、九死に一生を得た。
ところが、事故から3年もたって公表された調査報告書では、船から漏れ出たとされる油はごく少量とされ、
船員の杜撰な管理と当日偶然に発生した「大波」とによって船は転覆・沈没したと決めつけられたのだった。
「二度の衝撃を感じた」という生存者たちの証言も考慮されることはなく、
5000メートル以上の深海に沈んだ船の調査も早々に実現への道が閉ざされた。
こうして、真相究明を求める残された関係者の期待も空しく、事件は「未解決」のまま時が流れた。
なぜ、沈みようがない状況下で悲劇は起こったのか。
調査報告書はなぜ、生存者の声を無視した形で公表されたのか。
ふとしたことから、この忘れ去られた事件について知った、
一人のジャーナリストが、ゆっくり時間をかけて調べていくうちに、
「点」と「点」が、少しずつつながっていく。
そして、事件の全体像が少しずつ明らかになっていく。
彼女が描く「驚愕の真相」とは、はたして・・・・・・。
●目次
1 転覆
2 救助
3 不帰の17人
4 原因不明
5 事故調査
6 遺族
7 報告書
8 解けぬ謎
9 黒い海
10 潜水艦の男
11 花を奉る
終章 希望
価格定価:1,980円(本体1,800円)
ISBN978-4-06-530495-2
判型四六
ページ数288ページ
●著者紹介
著:伊澤 理江(イザワ リエ)
伊澤理江(いざわりえ)
1979年生まれ。英国ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。英国の新聞社、PR会社などを経て、フリージャーナリストに。調査報道グループ「フロントラインプレス」所属。これまでに「20年前の『想定外』 東海村JCO臨界事故の教訓は生かされたのか」「連載・子育て困難社会 母親たちの現実」をYahoo!ニュース特集で発表するなど、主にウエブメディアでルポやノンフィクションを執筆してきた。TOKYO FMの調査報道番組「TOKYO SLOW NEWS」の企画も担当。東京都市大学メディア情報学部「メディアの最前線」、東洋大学経営学部「ソーシャルビジネス実戦講義」等で教壇にも立つ。本編が初の単著となる。